【11月】読んだ小説メモ

10月は小説を読みませんでした!中学生くらいのときまでは小説を読まない日なんてなかったのに,年々読書の時間が減っている気がする。絶対インターネットのせいだ!

以下作品のネタバレを含みますのでご注意ください。

【香水 ある人殺しの物語 / パトリック・ジュースキント

日本に密かに香水ブームがきている(ような気がしている)。ミーハーなので香水ブームに乗っかってサロパに行ったり,毎朝香りと言葉のラジオ「NOSE knows」 | Podcast on Spotifyを聴いたりしているんだが,そこで思い当たったのがこの作品。

小説自体は80年代に出たのでまあ古いのだが,かなりヒットして映画化もしたらしい。なぜこの作品を覚えていたかといえば,子どもの頃になぜか映画の宣伝動画を見ており,そこで出てきた「全身茶色の人間たちが絡み合っている画像」がマジで怖かったからである(参考: https://www.cinematoday.jp/news/N0010213)。メイキング動画まで見た気がするのだが見つけられなかった。なぜそんなおぞましいものを見ていたかは不明。

内容はタイトル通りであるが,恐ろしく鼻の利く男が,気に入った香りを自分のものにしたいがために次々に女性を殺してしまい,最後は自分自身で存在を消すという話。推しポイントがいきなり内容とは全く関係のない話で申し訳ないが,悪臭,香水,体臭などが文章から立ち上ってくるのがすごい。私は香水が好きなので意識して鼻を使っている方ではあると思うが,好きな香りを嗅いだときに,それがどういう香りなのかというのを表現するのはめちゃくちゃ難しい。それを一冊の本で,ほとんど絶え間なくやるのが驚き。冒頭で魚を捌きながらこっそり主人公を産み落として放置する母親の血生臭さ,市場の魚臭さの表現で「うわあ最悪だ,でも読んじゃう」となってしまい,臭いかもしれないのに切った足の爪を嗅ぐ人状態に陥ってしまった。香水とか言っちゃってるのに文章の大半が臭いのかよ,とツッコミを入れたくなる。綺麗な表現だけ,もしくはそれ自体は臭いけど,香水に入れると香水の香りが引き立つシベット程度の表現しかないのであれば,そもそもこんなサイコな内容にはならないのかもしれない。

あとこれ海外の作品のほぼ全部に言っている気がするのだけれど,当時のフランスの時代背景や,文化や宗教を知っている方が楽しめる気がした。例えば最後,人々は「愛」ゆえに彼を姿形が残らないよう食べてしまった,というような記述があるのだけれど,あえて愛という言葉を強調しているので,何か宗教的な特定の意味を持たせたのかなあ,とか。宗教的な意味は置いておいても,ラストをどうにか解釈したいのだが,その上でキーになりそうなのが主人公は体臭がないこと。自分自身は香りを完璧に記憶できる上,思うままに人を操る香水さえ作れてしまうのだが,話の中でちょくちょく「自分に体臭がない」ことで取り乱す。誰もが持つ体臭に憧れ,体臭を作るために人まで殺すわけだけれど,自分に体臭がないと気づいた瞬間に起きることが決まってしまった悲劇という感じがする。自分に体臭がない故に他人とは違うという悲しみ・恐ろしさ…。人殺しをしてまで体臭を得たが,結局人からは愛されないために孤独は埋まらず,食べられることで誰かと一体化するしか思いつかなかったという解釈が今のところ一番しっくりきている。まあ難しい話抜きにして,面白いし香りの表現が素晴らしいのでとってもおすすめです。

 

日の名残り / カズオ・イシグロ

『わたしを離さないで』と一緒なんだけど,終盤で「自分の人生とはなんだったのか…!?」に気づき,作者の優しさと世界の酷さ,それでも静かに自分で受け止めなさいと優しく諭される,そういう作品だった。他にも読んだ作品あるけどめっちゃ良かった。

英国のお屋敷で,品格ある執事(英国紳士?)を目指し続けているスティーブンスが,数日間の休みをもらって昔を回顧する話。時代背景としては第二次世界大戦の前から1950年代頃なので,歴史を全然知らん私でも楽しめるか…?と思っていたが,沁み入った。だけどイギリス・ドイツ周りの歴史は絶対知っておいた方が楽しめると思う。

カズオ・イシグロ鉄板の一人称で話が進むのだけれど,序盤の方でだいぶ鈍感で不器用な人なんだなあと気づく。例えば雇い主のアメリカ人へのジョークにうまく答えられないでがっかりするのを,妙に丁寧に話すのでちょっと笑える。小説としての語り手でありながら,誰かと話しているときのような本心を隠したリアルさがあるというか…。これまで一人称小説を散々読んできたのに今更気づいたのは,一人称であるということは誰かのフィルターを通してしか物語を知れないということ。『わたしを離さないで』も,私はラストでようやく恐ろしい事実に気づいたんだけど,これまで読んできて信頼していた世界が崩れてしまう,あの怖さ。カズオ・イシグロの作品が心に沁み入るのはそういうところかなと思っていて,語り手の愕然とする気持ちや悲しみが,作品中の第三者から指摘されることによって「自分ってこんな悲しかったのか」と気づけるところにある(何言ってるかわからないと思うしなかなか良さが伝え切れない)。

ティーブンスは,昔の雇い主であるダーリントン卿が外交でダメな方向に進むのを止められなかった哀しみ,自身の過ちにすら蓋をしてしまっていること,女中頭の気持ちにも自分の望みにも気づかなかったこと,とにかくもう不器用すぎて泣ける。最後まで「自分は品格を求めて生きるのだ」と語ってしまう芯の強さが彼らしくはあるけど,ラストの桟橋のシーンで知らないおじいちゃんに慰められるシーンで彼の本音がようやく見えるかなという気がする。それでも言葉にはしていないけど。

自分の執事としての人生も,結婚も家庭も全部もっと良い方向にできた,そういう回顧が「昔はよかった」という美しい形で語られる,爽やかだけど悲しい,でも不思議と嫌な感じはしない作品だった。彼の中では一瞬,これまでの人生なんだったのか,そんな悲しみを感じたけど,1mmも自分を譲らずに生きてきて,これからも静かながらに自分を貫くということが「雇い主が帰ってくるまでにはジョークを練習してみよう」という一言に詰まっててめちゃくちゃ好きだわ。世界の要人でもなんでもない人が,微力ではあるけど頑固に生きる姿って,もう古いかもしれないけど私はけっこう好きだな〜。

忘れられた巨人/カズオ・イシグロ

これは考察が捗るタイプの小説。以下全部自分用のメモもいいところな文章。原題は"The Buried Giant",『埋葬された巨人』って感じかな?老夫婦が息子に会いにいくために旅に出るというファンタジー小説で,鬼とか出てくる。幼い頃に『ナルニア国物語』とか『ストーンハート』とか『デルトラクエスト』とか,『モモ』,『はてしない物語』みたいなファンタジーが好きだった身からすると,正直ファンタジーものとしては物足りない…!!!!序盤から老夫婦がえっちらおっちらお互いがちゃんと歩けてることを確認しながら進むとかなので。しかもアーサー王伝説の世界観で描かれているらしく,知らない人は知ってる人よりも話に入りこめる感が薄い。ちなみに私はアーサー王について全く知らなかったので,作中の要であるサクソン人とブリトン人の関係性等,読み進めないと全くわからなかった。少しでも知っておくことをおすすめします。

おいおい微妙だったのかい,という雰囲気になってしまったが,やはりカズオ・イシグロ氏なのでめちゃくちゃ良かった。簡単なあらすじとしては,老夫婦は自分たちの過去の記憶についてほとんど失ったことに気づくのだが,その元凶は王による民族虐殺を,国民全ての記憶を消してしまうことで,虐殺の事実を忘れさせて見せかけの平和を作ることだったというもの。老夫婦は記憶を取り戻すことを選び,社会全体に民族間対立が戻ってきて,これから大きな争いが起こるだろうという状況で話は終わる。民族が共通に持つ記憶というテーマが軸だが,個人の記憶という軸もまた話を構成していることで,ストーリーに重みが出ていると個人的には思っている。

主人公であるアクセルは,妻のベアトリスを「お姫様」と呼び,丁重に扱う溺愛っぷりなのだが,2人の間には嬉しかった記憶も辛かった記憶もない。しかしこれがけっこう重要で,妻は過去に不貞をしており,それが原因で息子が出ていってしかも亡くなっている記憶が最後に戻っている。さらにアクセルは妻を許せないからか,墓参りを許さないことで彼女を罰していたかもしれないということを白状していた。思い出さなければベアトリスがラストシーンで死ぬまで仲良くやれていたのに,そう簡単には終わらせない作者だなー!しかし,忘れてしまったからこそ2人仲良くやっていたのも事実で,今では不貞などささいなことで,年月が自分たちを徐々に変えていった,だから愛情は嘘でないと語る。こう書くと伝わりづらいんだけど,アクセルが妻を愛しているというのが本当にひたすらブレない。てか,妻と比べて,アクセルってずっと精神的にブレがないかっこいいキャラである。アーサー王の甥との対比で,神にも近づく偉業を成し遂げるのを選ばず,ただ妻を愛することを選んだ男だもんな。

こう書いていて思ったけど,死のメタファーである島渡り(たぶん)の際に,あえて「死んだ息子の墓参り」にした意味はなんだったんだろうか?そこは単に「島に渡って息子に会う」でも良かった気もしなくはないんだが,妻を許せない気持ちを強調するために必要だったのだろうか。しかし向こうに行って会えないということを2人はうっすら感じている気がするよ。死んだら終わりというメッセージがひしひしと伝わってくる。冒頭では「島の向こうでも強い愛情で結ばれていれば,一緒に暮らせる人たちは稀にいます」ということを船頭が言っていたと思うけど,ラストシーンではベアトリスに聞かれるまで「忘れていましたよ」と言うあたり,夫婦で暮らせる人たちがいるなんて嘘なんじゃないかなと思った。人生は死んだら終わりでしかなくて,天国だとかそういった類の話は死にゆく人への慰めで,船頭の質問は自分1人で人生をゆっくり振り返るメタファーに思える。悲しいけど,最後のアクセルとベアトリスのやりとりから,神的なものを信じていそうなベアトリスですら,もう会えないということはどこかでうっすらわかっているんじゃないかなと思うんだよね。カズオ・イシグロってそういう部分は無慈悲に現実を突きつけてくるな…。必死こいて生きろ!ってメッセージなのかもしれん。

アクセルが船頭を振り返らず歩いて行くラストは,妻亡き今,混沌とする世界でまだやるべきことがあると静かに燃える様子を表しているのではないか,という解釈がすごくしっくりくる。最初はなんて悲しい終わり方なんだー!と思ったけど,ちゃんと考えるとかっこいいしどの作品にも共通しているラストシーンだ。自分の望んだ状況にならなくても,その中でなんとか生きさせようとする終わり方。好きだなー。

遠い山なみの光』,『日の名残り』,『わたしを離さないで』,『夜想曲集』などの著作と違うのは,語り手の回想によって物語が進行するわけではないところ。彼の作品は「信頼できない語り手」と言われているらしく(最近知った),記憶想起の際に語り手の主観が大いに入るため,終盤になるにつれ語り手から見た世界と,作中第三者の世界の見え方があまりに乖離していて驚く。ここまで書いてようやく,この物語のメインキャラが老夫婦である理由がわかった気がする。ラストシーンで,辛い出来事もその後の過程も含めて振り返るということが,これまで自分がどうやって生きてきたかを振り返る構図になってるんだな。これがもし若い人,例えばサクソンの戦士が主人公だったのなら,もっと民族間争いが全面に出ていて,社会へのメッセージをゴリゴリに投げかけそうな話になっていただろうなあと思う。何を忘れて復讐の連鎖を断ち切るか,これに対していろんな立場のキャラがいたのは,あえて作者自身の立場は示さないし,正解もわからないということなのか。本作では複数の登場人物によって語られること,現在進行形で話が進むことからずいぶん違う印象を受けたんだが,実は回想が重要な役割を担っているという点には変わりがなかった。

この本は民族間の争い,復讐と正義というかなり社会的な部分に踏み込んでいるように感じたんだけど,他の人はどう感じたのかな。いろんな議論を引き起こしそうな内容ではある。それにしてもカズオ・イシグロの感情を揺すぶってくる書き方,上手く言えないけど本当にすごい。読んでる間は考えさせる暇を与えないすごさ。本当にすごいな。すごいしか言ってない。

『ティファニーで朝食を』見た

中学生くらいのときに原作を読んだけど、ティファニーが何かすらわかってなかったのでほぼ記憶になかった。でも見て納得。これは中学生には何もわからん…!

奔放に男と遊ぶヒロイン・ホリーと、売れない作家のラブストーリーだった。

金目当てで男にくっついていくヒロインが、金なし作家に「今日はやったことないことしよ!」って言って、散歩したり10ドルでティファニーで買い物したり、図書館で自分の本があるとか言うとか駄菓子屋(?)で万引きするとか、無邪気に遊んでたと思いきやデート終わりにキスするとか萌えポイントがすごいんだけど。だが!何か男性の言葉に引っかかってしまう点はあるし、容姿に恵まれた故に絶妙にトラブルを引き寄せるヒロインとか、今見てしまうと純粋なラブロマンスとして見れない点はあったかも。まあでもそこは気にしながら見れば時代の流れを感じるくらいで、本筋のラブストーリーとしては全然古臭くないと感じた。デートシーンまでがちょっと長い気がするが…。

あと、作家のパトロンの金持ち女性が別れを切り出されたとき、小切手を書いてさくっと別れようとしたのに、いかにも「若い男が好きなオバハン」みたいにされてたのが切ない。お互い表面上はウィンウィンな関係とわかっていながら関係を持ってるやつだ。たぶんだけど2人とも付き合ってたときはお互い好きという気持ちはあったから、終わってしまったことの悲しみがあったんじゃないかとか思ったよ。立場と金だけを見ていて、結局人としては見てなかったんでしょ、とお互いが思い合ってるやつな。いつか終わる関係が終わったときの双方が傷つく現象に名前をつけたいわ。

 

2024.10.18 追記

原作を改めて読み直した。ところどころ内容が違う他、結末がだいぶ違っていた。原作の終わりの方が好きだな。映画のラストは2人が結ばれた風のラブロマンスらしい終わり方だけど、原作ではホリーが失踪・一度だけ作家に手紙を送り、彼は捨てられた猫がどこかの家で静かに飼われているのを見つけてホリーの安寧を願って終了する。自由気ままにいたいホリーらしさが原作では一貫しているし、ほろ苦い思い出としての回想感が出ていて素敵。

【9月】読んだ小説メモ

あっという間に9月になってしまい恐ろしい。ここ最近,研究会やら何やらで忙しく,小説を読んでいる場合ではないという気持ちだったが結局読んだので今月も感想を並べてみた。今ハマってるので島本理生氏満載です。ネタバレしてますのでご注意ください。

【よだかの片想い/島本理生

恋愛慣れした年上映画監督と、顔にあざのある大学院生の初恋!みたいなことが書いてあるから、悪い男に女の子が振り回される話か…?と思ったけど全くそんなことなかった。女の子の実家でお母さんに「お付き合いしてます」と言うくらい真剣に付き合っとった。ポップで読みやすいながら、顔という超絶センシティブな話題で傷ついた心を優しく塞いでいってくれるような感じがとてもよかった。学生時代のアレコレで他人と比較され,地味な自分に嫌気がさして「恋愛なんかくそくらえだ!」になってあえてキラキラした生活から距離を置いて他のことに没頭していた全人類におすすめ。主人公のアイコさん、途中まで君は私かと思ったよ。物理部で物理学科へ行き博士課程まで進学したあなたは最初から精神的に強かったし監督との恋愛を通して成長したし偉すぎる…。

それはともかく、この小説には自分の辛さが刺さるポイントと素敵な描写で刺さるポイントが散りばめられている。私はまず冒頭から衝撃を受けた。小学校で顔のアザをからかわれ、それに怒った教師の言葉によって傷つくシーン。自分のアザは悪いものなのだと、そこで初めて刷り込まれる悲しみ。良かれと思って言ったことが相手にとっては重いコンプレックスになってしまう様に心当たりがありすぎて辛い。人の見た目については善意でも本当に言ってはいけない

【夜はおしまい/島本理生

『二周目の恋』の持つそこはかとない温かみにすっかりハマり,島本氏作品を買いまくった。あらすじに「数合わせで出場させられたミスコンの順位は8人中8位で…」とか書かれていたら,中学生のとき通りがかった同級生(?)とかに「別に全然かわいくねーじゃん」とか言われていた自分的には読むしかねえとなってしまう!!!!クソのような思い出すぎる。このような体験をした人々は元気に生きてほしい(私は長年こういうことがありすぎて性根が歪みまくって今困っている)。初めて恋人ができたとき,しばらく「かわいいと言われたことねえ,やっぱり外見だめってことかなあ」と思って病んでいた自分は,相手が中身を見てくれているのにこんなことを思うなんて異常かもしれないと思っていたが,この本を読んでそうやって病んでも別に良いんだと思えるようになった。綺麗な人だと違うのかもしれないが,周りに否定されたりどうでも良い人だという感じで素通りされる環境に慣れていると,誰かに肯定されるのがなんやかんやで安心する。しかしこれが良いかと言われると良くねえよね。まず誰かの見てくれについて一言も言うな(自戒を込め)。

内容は、キリスト教司祭の金井さんという人を中心にゆるいつながりのある短編集。語り手の女性たちは,いわゆる都合の良い女として扱われていたり,おじさんの愛人として稼いでいたりで搾取されていると見られがちな立場が多い。女性の身体を生まれてもってきたことに対する向き合い方がメインテーマだとするなら,もう一つのテーマは信仰かな。このへんは私はあんまりピンとこなかったんだけど,世間的にダメとされること・悪いこととわかりながらやっている事柄に対する折り合いの付け方を祈りと呼んでいるのだと解釈した。自分にはどうしようもない問題に直面して,頭と心が分離しそうなときの拠り所とも言えるかもしれない。とにかくどれも読んでて心が苦しすぎるんだが,不思議と読めてしまうんだなこの人の文は。特に最初のミスコン強制出場最下位ネキが,完全に悪い男につかまってしまって不本意な性交渉をさせられるシーンとか「そいつの下半身蹴り飛ばしちまえ!!!!!!!!」になるんだけど,彼女の心情なんか見てると「我々が勝手に彼女を可哀想にしてるだけでは…?」と思うわけだ。「もしかしたら自分にも日が当たるのかも」と期待したミスコンでドベだったら,ちょっと見た目の良い人に声をかけられて騙されてるのがわかっていたとしても,ちょっとかっこいい人に必要とされているという安心感で自分の価値はあるって確認できるもんな。一見騙されているようにしか見えなくても,それは実はお互い利用し合ってるとまでは言えないかもしれないが、自身が望むならwin-winな関係かもなあ。たぶん勝手に可哀想とか言っている側が一番何もわかってない。コンプレックスに思っているところを慰めてくれる誰かがいたら,頭では騙されてるなあとわかってても,自分が必要としてる言葉をかけてくれる相手には心を許すし,優しくされたらどんなに苦しくても離れられないものだし。なんで人間って誰かに価値を認められないと辛いんだろうね。

性的に破滅的な行動をしてしまう場合,女性だとなんか可哀想という感じにされがちである。女性は奪われるという役割しかないのかなあ,もやもや,みたいな気持ちがうっすらずっとあったんだけど,いやそうじゃないだろと必死にもがいているような印象を受けている。ただ生まれもった身体的な特徴だけで,奪って良い側の性だと勝手に言うな,という訴えだと私は感じて,勝手に元気になった。生まれ持った自分の体について他人にとやかく言わせない。そういう願いはきっと多くの人にあるはずだと信じる。

 

【私たちは銀のフォークと薬を手にして/島本理生

アラサー女性と年上男性がのんびりおいしいものを食べる平和な小説です(嘘)。島本氏の中ではもしかするとけっこう明るい雰囲気なのでは!知世と椎名さんという落ち着いた真面目な人たちの組み合わせが良い。しかし島本氏の作品だからタダでくっつくわけではなく,椎名さんはHIVということを小説のけっこう序盤で自ら知世に告白し,付き合えないとやんわり突き放す。んで椎名さんを良いと思ってた知世がショックを受けるわけだけど…。あ〜タイトルの薬ってそういうことか!と。椎名さんの優柔不断さと優柔不断故の優しさが,くっつきそうでくっつかないという展開に妙に馴染む。まあ別にこのままおいしいもの2人で食べ合うのを読者は読まされててもいいんじゃない,みたいな。島本氏,人を描くのが本当に上手い。

エピソードが短く紡がれていくタイプの短編なのだが,知世視点だけでなく友達・(毒)妹など他の女性の視点からもいくつかエピソードが描かれている。これがまた,上手くいかない婚活,特に付き合うでもないのに誘われたら寝てしまうなどどっかで見たような話が不快感なく読めるという感じで面白い。おそらく妹が多くの読者に強烈な印象を残しているあろうでキャラ。手のひらで潰したみたいな顔(知世友人談)なのに妙に自己評価が高く,姉を常に馬鹿にした態度をとる。それに母が乗るものだから止まらないのだが,その妹視点から見ると彼女は彼女で毎日満たされない心で生きてることに気づく。夫がやけに冷たいというか,干渉してこないとかね。妹視点の話なので自分の行動が人に与える印象とかは全く考えていなさそうなのがちょっと面白い。同じ団地の人に無駄にキツイ言葉で注意してビビられるとか,女友達は1人しかいないとか,夫から「ちょっと性格悪いと思う」と言われるとか,自分も気をつけよ…となる描写満載。でも憎めないのがすごいとこだな。ラストで夫を残して家を出ちゃうなんて逆にスッキリしてしまった。この話,後に知世が「妹と子供も誘って旅行に行こう」と思うときに,読者がいらっとしないためにあったんじゃないかとすら思ってしまう。ひどい人でも誰かにとって誰かは大事な人なんだなあ〜。

あとホルモン食べる描写美味しそうすぎる。食事の描写がめちゃくちゃおいしそうで良いです。

【Red/島本理生

(以下性的な表現があるので注意)もうずっとあ〜〜〜!!!!!!!って感じ。恋愛小説というより,家族に縛られてると感じたことある人向けって感じがした。読んでるのツラミすぎるが続きが気になり,登場人物の心情が気になり,めちゃくちゃ読まされる。大手勤めイケメンとの幸せな結婚・かわいい子ども・姑との良好な関係。だがセックスレスである!出産してから夫が何もしてくれない!でも自分はさせられる!そして夫がマザコン(これ個人的にはエピローグの手紙で自覚しているのが泣ける)!

で,昔の年上の不倫相手と再会して不倫してしまう。自分はもう家庭があるからダメだと何回も言いながら。しかもそれが遊びって感じじゃないのが苦しすぎるんだよなあ。夫君今動かないと手遅れだよ!!!!!と夫君が出てくるたびに思う。お前!ホテルの方行くと見せかけてコーラ買って一気飲みしてんじゃねえ!!!!!!子供の面倒は母親に任せずに1日くらい自分で見ろ!!!!!!!そこで母親に屈するな!!!!!!と。まあ全部失敗しているのだが…悪意がなさすぎるから余計悲しい。

セックスレスってそんな問題なの,と思っていたけど,そうなってしまうにいたるまでがたぶん大問題なんだと。島本氏,他作品でもこの問題にけっこう切り込んでいるイメージ。塔子が男性に触られるのが苦手って嘘ではなく言っているし,たぶんずっと人に気を遣って,自分が母という役割でしか見られなくなって,だからそれ以前の自分として見てくれる人に惹かれてしまったんだろう。惹かれたというか,癒されたというか。別にそういう関係じゃなくても,自分が背負ってる役目から降ろしてくれる人ってたぶん依存しちゃうだろうなあ。夫が浮気性だったら,姑の性格が悪かったら,こんなに主人公の塔子が窮屈に見えてしまうこともないんだと思う。作品の中では本当に誰も悪意がないから,余計苦しい。

あと鞍田さんにめちゃくちゃ気持ち良くされてるときに,体の底から言葉が湧き上がってきて「好き」って言っちゃう描写好き。これ悲しすぎるよな。夫がいるから言っちゃいけないって一応わかってそうなところが余計悲しい。体が先なんやな〜という感想しか普段なら持たない気がするけど,そこに至るまでの塔子の寂しさやらそれを埋めてくれる鞍田さんの優しさやらで完全に塔子目線でしか見れなくなっているので…。

鞍田さんの気持ちが全くわからなかったけど,金沢出張行ったら雪で足止めくらってる塔子に必死に会いにいくとこで,わあガチだ,と胸が熱くなったな。病気が再発したから命懸けて会いに行くって好きじゃないと無理だよな〜…。このへんのシーン周りでキーになってと思うのが,一瞬でも本気になれたら,ずっと続かなくたってそれで良いじゃんの精神。なんとなく何事にも当てはまる気がするし,この2人の関係性が嘘じゃないって慰めな気がしてなんか好きです。

そんな胸熱な話をしておきながら(?)エピローグからの夫の手紙はさすがに泣いてしまう。マザコンであなたと以外付き合ったことないから,女性のことがわからない。あなたが僕を愛してなくても,あなたには本当に幸せになってほしい。これもし自分が塔子でこの手紙読んでたらマジで罪悪感で立ち直れない気がする。当の彼女はこれ読んでから鞍田に最後の挨拶をしに行くわけだが。塔子視点で紡がれる本編ではわかりづらかったけど,彼女はかなり強かだし,エピローグの娘視点になってから,自分1人で生きていける感じに突き放された感じがしてけっこうぞっとしてしまうのであった。ずっと傷つけられる側だった塔子が,いつの間にかエピローグでは娘も含めていろんな人を傷つける側になってて,大人になりきってしまうと自立心って無意識にいろんな人の心を傷つけてしまうのかもなと思った。まあでも誰かと生きる限り絶対に傷つけるし傷つけられるよね。仕方がない。

 

【若きウェルテルの悩み/ゲーテ

言わずと知れたゲーテ先生の名著。実は7年くらい前に読んで、文体の格調高さと、主人公ウェルテルくんの友人に宛てた手紙によって進行する話のわかりづらさにやられてしまい、面白さを1mmもわからず友人に譲ってしまったのであった!しかし4か月前、石谷春貴さん目当てで見に行った朗読劇がウェルテルで、「めちゃくちゃ面白いやん!」となってもう一回買い直した。結果、今回は楽しめました。ウェルテルくんが人妻ロッテちゃんに恋をして、気持ちが暴走して自ら命を絶ってしまうという話である。朗読劇を見たときは、銃で自らを撃つというラストがあまりにも「うわかわいそう…」という感じだったんだけど、原作はむしろウェルテルがロッテに(無理やり)キスしたことで、「じゃあもうこの気持ちのまま神の元へ行けばロッテは永遠に自分のものだよね〜(意訳)」といった感もあったので、ちょっと拍子抜けした。当然それは人妻を好きになってしまったことに対する悩み・苦しみが生んだ行動であったわけだけども。まあとにかく人を好きになるときのエネルギーというものはすごいし、狂気だなと𝓞𝓶𝓸𝓽𝓽𝓪...。たまにある事件なんかも、暴走した気持ちが自分に向くか相手に向くかでだいぶ結末変わるよね。ウェルテルは自身が目指す気高き人間像というものがはっきりあるように思われたので、ロッテに手をかけるということもなかったのだろう。たぶん。

ていうかロッテ、ウェルテルが自分への思いでおかしくなっていくのを見ておきながら、自分の知り合いと結婚させて、良き友人として近くに置いておきたいと思っているのちょっと怖いよ。

『きみの色』を見た

見ました。タイトルそのまんまや。山田尚子さんと吉田玲子さんのタッグは強かった。ネタバレを含みます。

 

めちゃ〜〜〜好みだった。まず絵がきれい。テーマも好き。曲も良き!テーマは割と大人向けかも?人に色が見える共感覚を持つトツ子ちゃんが,憧れのきみちゃん(きれいな色)が退学してしまったのを探すうちに,るいくんとともに3人でバンドを組むことになって卒業までの束の間,一緒に過ごすお話。

ポスター見たときは「え,このほんわりした絵柄でバリバリのバンドって感じなのか」と密かに度肝を抜かれていたんだけど(密かとは),当該シーンを見てええやんええやんになった。度肝抜くって言葉,うるさそうすぎてウケ。

やっぱりオリジナル映画なので,登場人物がどんな人だろと思うのが先で話に入り込むまではやや時間かかるんだけど,そこらへんまっさらな気持ちで見られるのでそれはそれで楽しかった。トツ子ちゃんが人に色がついて見えるタイプの共感覚なので,もしかしたらこの絵柄は彼女の目を通して見える鮮やかな色がついた世界か,と思ったり。

ラストで,船で出ていくるいくんが投げた色とりどりのリボンが青空に舞うシーンがめちゃくちゃ素敵だったわね。なんて静かに終わるんだろうと思った。きみちゃんがるいくんに向かって「がんばれー」って叫ぶのも良かったな。きみちゃんは(たぶん)自分の意思で退学している一方,るいくんは親の病院を継ぐために自分の意思とは少し違うところで,大学に行くことになる。この対立がかなりきれいだなと思っていて,自分が100パーセント望んだ通りの道じゃなくても,どうか負けないでくれという気持ちをきみちゃんの叫びから勝手に感じていた…。

物語全体を通して,秘密を抱える自分を赦せるかということを問われているように感じた。あなたは善人ですかと問われて問われ続けて,でも最後は自分で自分のした悪い行いを受け入れてもいいんだよっていう優しさを感じた。私は全く詳しくないが,通ってる学校がキリスト教系であるらしいことからも,テーマはわかりやすいかも。

メイン3人が,勝手に学校を辞めたことを育て親(祖母)に言えない・人に色がついて見える・親に秘密でこっそりバンドをやるなど,各自秘密があって抱え込んでいるんだよね。側から見てると,そりゃー勝手に退学しちゃやばいぜとか,こっそりバンドやるくらいなんでもねえぜとか比較しちゃうんだけど本人からしたら関係ない。バレたらやばいって瞬間,あるよね(小学校にあがったのにおねしょして夜中に目覚めた日とか)。しかも秘密を隠す相手が自分の大事な人とかだったら尚更…。

日吉子先生の「あなたは人を欺きましたね」でどきっとしちゃうんだけど,「でもその嘘はあなた自身も傷つけました」が優しすぎるわね。きみちゃんが寮に忍び込んでしまったことに対して,「償うチャンスを…」と優しさを見せているのも,これは大人じゃないと意味がわからないかもしれないなと。だって普通は違反して罰が回避できるならラッキーだもんね。ちなみにこの怒られシーンで,きみちゃんが夜中に寮ではしゃいで塗った青のマニキュアを服の袖で隠すシーンめちゃくちゃ良いです。ていうかこれ,リアルにやる。人に怒られてるときとか「こんな爪にしてる時間があったら自己研鑽しろだよなごめん…」となるし。ルール破ってはしゃいでた自分が恥ずかしい,とんでもないことをしてしまったなという気持ちになるよね。このへんって刺さる人には刺さると思うんだけど,自分が10年前そんなこと思ってたかと聞かれると微妙かもしれん。彼女らは秘密を打ち明けて自分を相手に見せたし,自身の行いを償うチャンスもあったけど,世の中決してそんなことばかりではないし,償えないことの方が多い気がしている。例えば自分の機嫌が悪くて誰かに当たっちゃったとして,後で謝ったり妙に変な風に機嫌をとったりすることが相手のためになるわけでもない。でもそれをわかった上で,なかったことにしてしまうのではなく,抱えて生きていくことこそが自分にとって大事なのかもと思うなど。まあ要は自分が病まない程度に反省して生きろってことかもしれん。

【8月】読んだ小説メモ

読書の夏!!!!!暑すぎるため,クーラーの効いた部屋で部屋に篭って本を読む日々。日本で40°超えの地域が続出しているのが恐ろしいが,一体20年後の地球はどうなっているんだろう。「80まで生きると仮定したらまだ自分は生きてるから夏って怖い」と考えるのは夏の風物詩である。地球がアチアチになりすぎて人間が滅んだ後の世界に思いを馳せ「いかに良い小説も論文も文明がなくなったら意味を成さないんだ…」と切ない気持ちになるのもまた夏の風物詩。そんなことを考えると,ではせめて自分は好きに生きようという自暴自棄でありながら希望に満ちた気持ちになるが,日常に戻ると「社会の中では好きに生きれないよ〜」という気持ちに負けてしまうところまでがセット。しょんぼり。やはり地に足をつけて明日の飯のために地道に働くのが健全かもしれない。

久方ぶりに読書習慣が戻ってきたので8月も小説の感想を残すことにした。昔は人の暗い部分を真剣かつ抽象的に論ずるような本をよく読んでいた気がするが,院生になったあたりから趣味で抽象的議論に向き合う体力がなくなってきた(そんな趣味があるかい)。近頃は「人間関係って面倒くさいね」という身近な話を秀逸に書いた小説に共感することで,ストレス発散とか不安を解消する方向にシフトチェンジしてきたかもしれない。これもある意味,地に足がついてきた証拠ということにしておく。

以下の作品のネタバレを含みます。

 

【息が止まるほど/唯川恵

恋愛関係で苦しみを抱えている女性たちが主人公の短編集。恋愛小説といえばかつては「どうせデロデロに甘いことが書いてあるんだろー!!!!」というキモ・オタク全開の逆張りで絶対読まないようにする時代もあったのだが(逆にコンプレックスが強過ぎて怖い),本作は実は真逆と言っても良い気がする。登場人物は不倫現場を見られたOL,より好みをしていたら40手前になってしまった美人,結婚式当日に夫に逃げられた新婦など…。言葉にしてしまうとありきたりな話に見えるが,実はそれぞれサスペンス風味であったり,予想しなかったどんでん返しがあったりと,様々なしかけがあって面白い。もちろん女性たちの気持ちの描写も秀逸だ。タイトルからして甘々でほろ苦い大人の恋愛小説っぽいが良い意味で期待を裏切られた。寿退社が当たり前とされる時代背景などに若干の戸惑いはあるものの,おすすめ。

この中の一作『雨に惑う』の地味で冴えないと言われる主人公・ヨリコがけっこう好きであると同時にけっこう嫌いだ。内容は,満員電車の中でヨリコが若い女性に濡れた傘を押し付けられたことを注意したら,逆ギレされたために腹が立って嫌がらせをしてしまうという筋書きである。これだけ見たらなんて最悪な主人公だと感じるが,正義感故の憤りであったことが,会社内で自分だけ理不尽に注意されることへの怒りがあったことなどからも読み取れる。彼女の怒りには「社会の理不尽さ・厚顔無恥な人間は理不尽を被らないのは許さない」という正義感が常に潜む。確かに自分も,濡れた傘が当たってしまったら不快だし,傘を地面と水平に持ってぶんぶん振りながら歩く人とか,隣に人がいるのに盛大に足を組んで座る人とかがいたら説教したくなった経験に覚えがある(怖いから説教はしないけど,不快な顔くらいはたぶんしている)。

この短編は,自意識過剰度マックスな中学生のときに読んでたら首もげるくらい頷いてただろう。かつての自分は,公共空間で他人を顧みない行動をする人がいたら,その不利益を被るのは自分であることへの怒りばかりに支配されていた気がする。そんな怒るなら自分から嫌だと言えよ,と片付けるのは簡単だが,自分の容姿の醜さが枷になって言えなかった。そんなあまりにも唐突な,という感じだが,例えば学校。イケてる人たちが支配する教室で,冴えない自分が目立つ発言をしてしまったら,言ってる内容が正しかったとしても集団から外されてしまうのではないかという怖さが常にあった。そしてなぜ同じ人間なのにそんなことを気にしないといけないのだ,という怒りもあった。そういうことが積み重なっていつの間にか美しくて無邪気な人々に腹立たしさと嫉妬を感じるようになったのかもしれない。たぶんこれは単なる僻みとして笑われてしまうものだけれど,じゃあなぜ自分だけが生まれたときから人を僻んで生きることを決められてしまったのだろう?

ひとりで生きてゆくことは、当たり前のように身についていた。美しくもなく、可愛げもない自分には、そうすることが生まれる前から決まっているように思えた。

「よりによっての、よりこ」

これが小さい頃のあだなである。いつも仏頂面で不機嫌そうな顔つきの依子は、席替えでも、フォークダンスでも、組む相手には必ず言われた。それが身に染みている。

このへんを読むとめちゃくちゃ苦しくなる。こんなことを言われて人を恨まず生きていけるだろうか?容姿によって人からの扱いが変わり,自分がどう振る舞うかを自然に決められていく。大半の人間はどう生きるかという方向性を,見た目によって決められてしまっているんじゃないだろうか。そう感じたときは他人に何を言われようと,性格とか行動をなんとか自分で変えていくしかないのだけれど,何歳になっても見た目でとやかく言われ,勝手に評価されて型にはめられるのはあまりにも苦しい。他人の感じ方は変えることができない。ヨリコは確かに人を僻みすぎているし,自意識過剰な部分や人のせいにしすぎる部分がおおいにある。まして見知らぬ女性へ嫌がらせなんてあってはいけないことだ。だけど彼女を責めることは私にはできない。これはいつかの自分だし,今も自分が飼っている一面で,それを否定するのは社会にある理不尽を認めることだと思うから。激重感想になってしまったが,自分がいつも感じている理不尽とやるせなさを,的確に指摘してくれる作品のうちのひとつだった。

 

【とける、とろける/唯川恵

こちらも短編小説で,女性たちが主人公である。作中のどの女性も,どこか人生で満たされない部分を良くない満たし方でどうにかしてる感じの内容。そんなこと書いちゃって大丈夫かというエロシーンの連発である。唯川氏の著作は,まどマギもびっくりのタイトル・表紙詐欺が多いのかもしれない(もちろん良い意味で)。これを世に送り出してくれた作者の勇気がすごい。何がって心理描写がすごい。わかる人が読めば「その場面でそんなこと思ってるのを世間に大公開してしまっていいのか!おしまいだ!」という恥ずかしさがあるし,わからなければ「え〜そこでそんなこと思ってるの,キャー」と乙女チックになるし(?)。エロ漫画だとそのへんを描くことが主題ではない気がするので,そことコントラストがはっきり出ている本作大変良いです。全体を通して『息が止まるほど』よりも言葉が甘めでありながら,少女漫画的キュン要素はない。キュンの代わりに毒が仕込まれている。

基本的には登場人物は悪いことばっかりしているので褒められたものではないのだけれど,かっこいいなあと思ってしまったのが『スイッチ』の千寿。地味で男っ気もないことから,会社の同僚から散々マウントをとりやすい相手とされているのだが,彼女は気にしてすらいないあたり,勝手に優越感を抱いている同僚が気の毒ですらある。千寿は1人で生活する幸せで満ち足りている上に,実はパートナーもいる。まあ相手は既婚者なんだけど,自身の生活には干渉してこないからこそ,甘い部分だけ享受できて幸せだという強かさである。しかもパートナーが脳出血で倒れたときですら,

私は私であり続ける。

そのことに,千寿は深く安堵する。

という感じなのだ。「自分の価値観を強く持たないと!」という強迫めいた焦りでもなければ,完全な無関心でもない。ただ,自分が好きなことは自分で決める・誰かに干渉されない生活に幸福を感じる,そういう自然な生き方である。同じ冴えない女性である『息が止まるほど』のヨリコが,自身が孤独であることに対して劣等感を持っていたとするならば,彼女は1人であることを善とするか悪とするかを判断する世界で生きてすらいない,といったところだろうか。この小説で彼女1人が異質で,現代のジェンダーフリーを目指す価値観ですら追いつかない境地がここにある気がする。2008年に書かれたというのだから驚きだ。おすすめなので1回読んでみてください。

 

【二周目の恋】

いろんな作家のオムニバス集。少なくとも文庫版は2024年に出版されていたらしく,シリーズもの以外で最新の小説を読むことがほぼない身としては,身に覚えがある単語が多く出てきてめちゃくちゃ新鮮だった。zoom,『同志少女よ、敵を撃て』,新宿の映画館,ロフトなどなど。やっぱり同じ時代に生きてる感出てくると,一気に小説が自分の世界と近くなったように感じて素敵。

【最悪よりは平凡/島本理生

妖艶で美人な女性に育つように,という意味で「魔美」と名付けられた女性が主人公。親がそんな名前つけるなんてまあまあヤバくて,開幕早々母親がインコを間違えて掃除機で吸い込んでしまったという話から始まる。「顔は和田で首から下が魔美」と男性から言われたり,家具の組み立てに来た人からキスされそうになったりと,聞いているだけで泣きたくなるような話が続く。上に挙げた話は実際にあったら(というかいくつもあると思う)注意喚起的な意味も含めてTwitterでバズってそうな話題である。島本氏の文体の特徴なのか,こういう傷つくようなことをけっこう淡々と書くというところに悲壮感を与えない読みやすさがある。『ナラタージュ』もそうだったが,性暴力への抵抗というテーマは意図的に含ませているように感じる。あと,魔美が二番手の女にしかなれないことからかけっこう簡単に関係を持ってしまうこととかも,性に奔放なのではなく心に積み重なった傷により人との関係性の作り方がわからなくなってしまった感がある。それはもう自傷行為と変わらないんじゃないかな。これ書いてて,男性と仲良くなってもすぐ変な感じになったり,触られたりして怖い,性別なんてなくなったら良いと言っていた友人を思い出した。友達としてもう接することができないのが辛いと言ってたことも。確かにそんなことがしょっちゅうだったら生きてるだけでものすごく疲れるだろう。相手の好意に対してどう返したら安全な反応が返ってくるのかとか,向けられた感情がセンシティブなだけに気を遣うだろうし。実際,好意を向けられても相手の感情が恋愛なんだかなんなんだか区別つかなかったり,そのときは精神が削られていたことに気づかなかったりする。嫌だと思ったことをなかったことにしたくて、自身の認識を変な方に歪めるとかも。例えば触られたことが嫌でも怖くて抵抗できなかったこと自体、誰かに知られたら自分が惨めになる気がするから言わない、相手をかばってしまうなど、他者から見ると歪んで見えることも多い気がする。

最後はハッピーというか,穏やかな感じで終わるけどなんとなく心配でもやのかかった感じが残った。岩井さんに魔美が救われてほしいけど,どうなるだろう。

【深夜のスパチュラ/綿矢りさ

女子大生がバレンタインデー前日にお菓子作りの材料を買って作って好きな男の子に渡す話。本当にたったそれだけなんだけど,思ったことをそのまま書き出す機械があったらこんな感じなのだろうか,と思わせるような心情の描き方が楽しい。

チョコあげて 軽く様子見 バレンタイン でお茶を濁すつもりだったけど

としれっと川柳を挟んでくる表現は,SNSなんかだとありそうだけど小説じゃあんまり見ない気がする。『蹴りたい背中』の頃も瑞々しい文章だったと思うが,しばらく読んでいなかったうちに綿矢りさだとはっきりわかる文章として醸成されている感がますます出てきたなと思った。この話,オチがけっこう好きだ。チョコあげた男の子の方が主人公より弱そう感がと良い。綿矢氏,女性がいつも強くて良いよね。

 

【フェイクファー/波木銅】

大学時代の着ぐるみ同好会のメンバーが亡くなったことをきっかけに,過去のサークルメンバーと会って昔を回想するような内容。メンバー同士が「もずく」,「キップ」などあだ名で呼び合うところとか,希死念慮ネットスラングにまみれた自称「弱者男性」のTwitterで有名な先輩とか,いかにも今っぽいサブカル感が面白い。大学時代のことを話しているところから,Twitterの世界と一歩距離を置いている表現になっていると感じた。あまりにネットスラングが自分と距離が近すぎて,内容が難しかったかも。主人公の性格も掴みきれなかったけど,かわいいものが好きで,擬態しているのが落ち着くっていうところがいかにも現代人っぽい。それと,冒頭を少し読んだ時点では語り手が男性か女性かがわからなかった。性別をあえてニュートラルに書いているのだろうか。表題と違って恋愛要素は薄かったけれど,かわいい!と思う気持ちや裁縫に恋しているみたいな,サブカルのごたっとしたイメージからちょっと離れた純粋さや素直さを感じた。着ぐるみ界隈は狭いから言動に気をつけなきゃとか,自由になりきれない閉塞感みたいなものも少しあったけど。

【カーマンライン/一穂ミチ

ハーフの双子の甘酸っぱい話。個人的にキュンポイント高め。内容は911とか2本だったら震災とかを扱っている上,バイリンガルの中でも2つの言語とも十分に自信のものとして習得した感のない「ダブル・リミテッド」も描いており,自身のルーツという点での辛さも描かれている。主人公は双子だけれど,アメリカ人の父親を亡くしてアサミは日本で,ケントはアメリカで育っているためにお互いほとんど面識がない。大学2年生のときにアサミのところに2ヶ月間ケントが来ることになり,最初はギクシャクしているけれど,だんだん両思いみたいな雰囲気になっていくところで胸がギュッとしてしまう。血のつながっている祖父母の冷たさ,父親が亡くなってしまったこと,5歳で急に日本で生きていかなきゃいけなくなったアサミの寂しさ…孤独に寄り添えるのは似た境遇のケントしかいないから,まあ恋愛感情らしきものも芽生えるよねと。

萌えポイントはめちゃくちゃに散りばめられていて,例えば同じ大学の男にアサミが絡まれたときに相手を追い払うとか,「好きでもない男と寝るなんて,自分を大事にしなきゃだめだ」と怒るとか,絵葉書に"I miss U"と書いて送ってくるとか。これでもか!というほどキュンとすることが散りばめられている。これ,アメリカ人だからストレートな表現がここまで萌えるのかもしれない。同じことを日本人がやってもちょっと違うような気もする。

ケントの好きな本をアサミにプレゼントして,全く日本語のわからないケントは同じ本の日本語版をどうにか読むことでアサミの苦しさを背負うと誓うシーンがとても良い。しかも内容が弟と恋に落ちる少女を描いたものという。日本語版を買いに行くシーンで,英語版も新しいのを買うか提案したときに「ケントのが良い」と言った勝気なアサミの健気さで心を打たれてしまった。

語り手はアサミだから素直に心情が描かれているはずだが,ケントへの気持ちははっきり書かれない。でも描写とか言動からなんとなく好きなのかなとわかるし(海遊館で指を絡めるのとか),実際にカウンセラーの人から血の繋がりがあるのにまさか違うよね?的な諌め方をされてキレちゃうとか,苦しさが伝わってくる。数年後にケントは別の人と結婚する。婚約者と彼に会いに行く飛行機の中のシーンで終わるんだけど,まあさっぱりしていて爽やかで良いものだ。理性がだめだというのと,好きという気持ちの間で引き裂かれそうになっても,とりあえず保留にしちゃうのも良いのかもね的な教訓(教訓か?)。最後でまだほんの少しだけケントへの気持ちが自分でもわからない状態で残っているような描写が少し切ない。冒頭も飛行機シーンで始まるので,たまに引っ張り出しては眺める宝物的な思い出に,きっとこれからなっていくんだろうな。これ少女漫画みたいな甘酸っぱさじゃん!

 

道具屋筋の旅立ち/遠田潤子】

良い意味で全体から狂気しか感じない!気の弱い主人公の優美が,自分のトラウマを克服する話だ。時代は平成2年。大学生の年下彼氏と付き合うOLの優美は全然自分に自信がなくて,158cmで40kgしかないのに太ることを恐れている。一方で彼氏は誠は優美の体型とか,口紅とか服装とかにとにかくうるさくてモラハラまっしぐら。冒頭から「男は男らしく,女は女らしく」と言うところとか,優美が頑張って選んだ口紅を「似合ってない」と言い放つとか,とにかく不安になる要素しかない。それでも「かわいい」と言われると弱い優美はまあわからなくはない。しかしある日誠に昔自分が太っていた頃の写真を見られ,罵倒されてしまう。マジでなんでこの男こんなに最悪なんだ。優美は子供の頃からひたすら食べないと自分は親から捨てられると思い続けてきた故に,食べることに対する恐怖がある。優美がこうなったのも,妊娠させられて不本意な結婚をした母親が,父親に異常量を食べさせてじわじわ殺すということに優美が付き合わされたからだ(そして父は本当に死んだ)。家族の食事のシーンは壮絶で,一度食事をした後,丸々太った父親にもう一度食事をさせるためとんでもない量が出てくる。「残したらあかんよ」という母の言葉で無理やり食べる優美視点の食卓は,グラタン,ポテトサラダ,ケーキですら地獄の光景だ。二郎系で頼みすぎたときの絶望を思い出してしまい,こっちまで胸焼けしてくる。

優美も優美の母も,ある意味誰かに自分の体を奪われたようなものだ。母は夫を消すことで,モデルとしての自身の人生を取り戻した。優美は自分の意思で大食い大会に出て大食いをすることで,自分の食欲は自分で決めていいことに気づく。しかし最後までとんでもなくて,男は男らしくというスタンスだった誠が実は女装に憧れていたことを優美が知ってしまい,それを本人に直接伝えるのだ。好きな格好をして良いと。秘密のつもりだった誠,しかも自分より下の存在と勝手に見ていた優美からこんなことを言われたら青ざめるだろう。この立場の逆転が気持ちよくてたまらない。でも単にすかっとするだけではなくて,誠に「化粧や服のことは教えてあげるし,力になれる」と言った優美の優しさがラストの爽快感に必要なのだ。特にこの時代に育った人たちは,男女はこうあるべきみたいな考え方がけっこう強いと感じるからこそ,窮屈さを感じている人たちにとっては救いの言葉であるかもしれない。我々はもっと自由に生きていい!!!!!

【無事に、行きなさい/桜木志乃】

アイヌのデザイナーであるミワとシェフの話。ミワが淡白というか、デザイナーとしてかなり優れているので、シェフの男が付き合ってるのにどこか距離を感じるみたいな話かと思われる。悲しいが自身の読解力が足りず内容がよくわからなかった…。2人は恋人どうしだと思うのだが、恋愛の浮いた感じは一切感じられず、大人の恋愛ってこんな感じなのか〜と思うなど(?)。途中で出てくるバイトの大学院生の女性がミステリアスすぎたな。彼女がキーパーソンだと思うけど、彼女の存在によって、ミワがどういう人なのかとかあまりわからずだった。文体は静かで素敵な感じ。

 

【海鳴り遠くに/窪美澄

夫を亡くした未亡人女性、海辺の別荘地で静かに暮らしていたものの、近くに別荘に滞在しにきた若い画家の女性と恋に落ちてしまい、春までの短い時間を共に過ごす。亡くした夫を思い出しながら、自分は女性が恋愛対象である事実を受け入れていくこと、近所の目を気にして素直に女性の恋人と一緒にいられない様子などが描かれる。物語終盤で、画家が怒って半分喧嘩別れのように別荘地から出て行ってそのまま音信不通になってしまうが、結局は主人公の方が耐えられずに人目も憚らず新宿で彼女を探し回る、という変化が好きだ。女性同士の恋愛に素直になりきれない主人公と、そこに苛立ちや悲しみを感じる画家のすれ違いがありながらも、好きという気持ちをとった主人公が画家に受け入れられるという流れが良き。あと夫がいた(いる)人が恋人を作ったとき、けっこうな打率で「私とのことは遊びなんでしょ!」と恋人に怒られシーンが出てくる。これは決して「この人とはちょっと楽しいことできたらまあそれでいっかハハハ」的な心情ではなく、「相手のことは好きなんだけど今の生活をすぐ変えるのはきちぃ〜〜〜」という、どっちつかずな状態で上手い立ち位置にいようという魂胆のことを遊びと責められているのだなと気づいた。モテないオタクの感想や。

 

マディソン郡の橋/ロバート・ジェームズ・ウォラー

田舎に住んでる人妻が、夫と子供不在の間に素敵なフォトグラファーと4日間だけ一緒に過ごしてしまいましたなお話。そこだけ聞くとやべ〜んだけど、小説だとめちゃロマンティックに書かれているんだよね。お互い4日間のことは死ぬまで胸に秘めているし会うこともないんだけど、双方が運命の相手だったということを確信して何十年も生きてた様子が、フランチェスカが子供に宛てた手紙から発覚する。自分が子供の立場だったら耐えられねえ…。妻が他の男に心奪われた状態なのを知りもしないで亡くなった旦那さんよ…という気持ちにまずなってしまうんだが、知ったら知ったで地獄すぎるので良かったのかもしれない(?)。惹かれあってる様子は確かにロマンチックではあるんだが、それは人生で4日間しか会わなかったから燃え上がっただけでは?感が若干拭えないかなあ。このへんって文化の違いで感じ方が違うんだろうか。アメリカの文化とか宗教的な背景を知ってたらもっと違う感想を抱くのかもしれん。

 

【ツルネ/綾野ことこ】

京アニでやってたアニメの原作あったんだ〜と思って読んでみた。弓道男子たちが5人で弓道の大会に挑むって話なので、Free!と似たアツい感じなのかと思ったけどちょっと違うんですよね。まず主人公の湊が、自分の意思よりも早いタイミングで矢を放ってしまう「早気」という症状が出ているよろしくない状態なところから話が始まっている。湊自身は早気のせいで大会で勝てなかったと思っているところがあり、好きだった弓道を辞めるつもりだったんだけど、とある事故から湊に後ろめたさを感じている幼馴染の静弥が何度も湊を弓道に戻そうとする。その異様なまでの執着がすごくて、普通そんな嫌がる人を戻そうとしないだろう…と思ってしまう。結果的に湊は戻ってくるし、一見個人競技っぽい弓道はチームで行うものだ、誰かに背中を預けていいということに気づくまでになるというのが素敵ポイント。まだアニメ1期と原作1巻しか読んでないので続きが楽しみ。次はもうちょっと個々のキャラが考えてることがわかればもっと物語に入り込めそうかなあ。あと原作から弓道の説明のガチっぷりがすごいので経験者の人は読んだら楽しめそう。

【僕は勉強ができない/山田詠美

これ自分が高校生のときから気になってたんだけど、自身も勉強ができない子だったのでそれを肯定されてダメな方向に引きずられそうで、全く読めなかったんですよね。読んでからその判断が正しかったかもしれんと思った。高校生の主人公くん確かに勉強はできないんだけど、「良い大学に行くべき」とか「自分が男性から好かれる仕草をわかってやってる女の子」とかに対して容赦なく切り込む切れ味の鋭さがすごい。もし勉強できないだけの自分が思春期に読んでたら、人を斜に構えて見ることしかできなくなりそう(今もそうやろがいという気はする)。「お前は当たり前とされてることをちゃんと考えたことあるんか?」みたいなことをずっと突きつけられ続けるので精神に余裕があるときに読むのがおすすめ。学歴とか社会的地位にこだわりのある人とか私みたいにぼやっと生きてる感じの人が読んだら特にハッとするかもしれん。

【死神の精度/伊坂幸太郎

近いうちに死ぬことがふさわしいか,実際に対象に接触して判断する仕事を行なっている死神を描いた短編集。話どうしに緩い繋がりがある短編小説はハズレがないことがわかってきた。死神の話なんて聞いたらホラーかと思うがそういうわけではなかった。対象の人の死を可とするか見送りとするかを判断する存在ではあるものの,そのシステムはビジネスのように回っているという設定が面白い。死神の会社(?)にもしっかり情報部があり,実際に対象を見にいく部署もある。あくまで語り口は淡々としているが,クールなだけではなく「事態を甘く見る」という言葉を「味がするのか」と問うなど,ちょっとズレた受け答えをしているのがお茶目で,読者側からもこの世界が新鮮であるかのように映るという構造が作られているのが見事だ。私が一番好きなのは最後の短編で,これまでの話が回収される気持ちよさと晴天描写の爽やかさ,作中では実は何十年も経っていたことなどが一気に押し寄せるので「これはやられたな」と良い意味で思わされる。「勘違いによるすれ違いなんて人間の得意とするところじゃないか」という言葉も,素直に「ああそうだな」と思わされる。日々必死に生きていると,人との些細なすれ違いとかイライラといった些細な感情ばかりに足元を掬われてしまう。自分が死ぬだなんて,生きててそれほど意識することじゃないから退屈で平和で幸せな時間が延々と続くと勘違いしてしまうのだ。だから死を扱う死神からしたら人間の行動とは理解できないのだろう。たまには,人生の時間は誰にとっても有限であるということを思い出したい。ところでこの死神たちって,死という概念がないから永遠に働き続けるのかね。

 

【秘密/東野圭吾

弟のために殺人を犯してしまった兄,兄が殺人者であることで冷飯を食ってきた弟。弟想いゆえに兄は手紙を送り続けるがそれが常に弟の人生を邪魔するため,兄とは縁を切ってしまうのだが,その影では弟をずっと支えている女性がいて…というようなあらすじ。実は6月か7月に読んでいたが書きそびれてしまったのでここに追記(雑か)。職場の上司に「良い話だよ〜」と勧められて読んだが,無限の後味の悪さが残ってしまった。いや,話自体は良いしラストシーンも美しいとすら感じるのだ。だけど自分のこととして考えてしまうが故に苦〜〜〜い感じの後味が残る。読後,もはや誰が良くて誰が悪いかわからなくなってしまったのは(まず兄は事件を起こした時点で悪いというのは抜きにして),登場人物に対する善悪のジャッジが自分たちにもそのまま降りかかってしまうことで苦しくなるからだろう。例えば,殺人者の身内に対しては明らかな差別をしなくても,距離を置くという行為を良しとするか否か。作中では兄が刑務所に入った後,弟は飲食店で働き始めるが,兄のことがバレて店主から遠回しに煙たがられる。店主側からしたら店の評判もあり,当然そこには自分の生活もあるわけで全く責めることができないし,なんなら自分だって店主と同じ反応をすると思う。でもそれが弟の目から語られると苦しいわけだ。同じような話が延々と続く。辛い。何って自分も絶対に彼を苦しめる側になると思うからだ(もちろん弟側の人間にならない保証だってない,縁起でもないけれど)。そういうのがとにかく形を変えて最後まで続く。社長が言った「犯罪者の家族は差別されて当たり前なのだ,それも含めて贖罪なのだ」という発言も,私は最後までどうやって飲み込もうか迷った。あんまり本題に触れたくないんだけど,きっと触れないということが誰かを傷つけるんだろうな,という後味の悪さがずっと続く。題材が重すぎる。ミステリー作家と思いきやこういう話もしっかり書き切ってしまうのが東野圭吾氏だなあ,という締まらない感想で締めておく。ちなみに東野氏の作品だったら『さまよう刃』が一番好きです。こちらもテーマが重いけど。

【6-7月】読んだ小説メモ

小説を集めるのが好きで子供の頃からちまちま買っていたが、家族から「読まないものは処分してくれ」と苦言を呈され続けていたので何年か前からちょこちょこ蔵書を売り捌いている。まあそれは若干の嘘があり、捌くというほどの数はない。処分する際に一冊一冊手に取ってみて気づいたが、ちゃんと内容を覚えている小説めちゃくちゃ少ねえ。内容も感想もはっきり浮かぶ本だけ残して残りは泣く泣く二束三文で売ったが、覚えてないものを手元に残して覚えてるものは売るべきなんじゃないか本来は。覚えてない本の内容を参照できないと困るし。と思ったけど、「あれあの小説のあのシーンどうなったっけ?」と見る気がしないので、じゃあ他の方の手に渡った方が絶対に良いだろうと思い返して結局売った。

そんなわけで、売ってもお金にならない、内容も覚えてない等のキョムキョム感からここ数年はそれほど小説を読んでいなかったのだが、積読消化をしていたら小説を読むのにハマってしまい、また古本屋で異常に買い漁るようになってしまった。しかしどうせ忘れるのに読みっぱなしもなんだかもったいないなという気がしたので、この2ヶ月くらいで読んだ本の感想をちょろっと書く。

以下作品のネタバレを含みます。

 

【『ヴォイド・シェイパ』シリーズ/森博嗣

恐らく日本が舞台の剣豪小説。主人公がハーレムみたいになるけど自覚がなくてもっとモテるやつ(そういう話ではないけど)。中学生くらいのときに、シリーズ第一作目の『ヴォイド・シェイパ』を読んでいたく感動したのだけれど、読み返したら全然覚えてなくてぶったまげた。たぶん、ストーリーが好きなんじゃなくて主人公が思索にふける感じが好きだったんだと思う。「他のことの方が向いていたかもしれないと思っても、結局今やってることを続けているのは才能があるからなんじゃないのか」的な記述、好き。雑な引用で申し訳ない。強くなりたい!という気持ちが全面的に押し出されてはいないけど、結局強くなるために剣を振るってしまうみたいな熱さが好き。ラストでこっそり女性に会いに行くのが、ラブストーリーでは全然ないと感じたけど爽やかな幕引きで良かった。森博嗣氏の描く快活な女性がめちゃくちゃ魅力的なので大好き。

 

【『スカイ・クロラ』シリーズ/森博嗣

単行本の装丁がきれいで買ったやつ。時系列的には後ろにくる『スカイ・クロラ』が刊行順は最初なのは罠だが、完結してから読めたのでそこは良かった。たぶんスカイ・クロラから読んでたら大混乱してた。

フラッタ・リンツ・ライフの語り手誰かわからん問題があり、スカイ・イクリプスを読むまでひたすらモヤモヤしていたんだが、最終的には水素とフーコのハッピーエンドで良かったね!と解釈している。スカイクロラは水素の自我がめちゃくちゃになってしまったときの視点で描かれているストーリーってことでいいんだろうか、という謎などいろいろわからんところはあるけど。話も面白いけどこれも「空では1人になれる」みたいなとこから滲み出る、あんまり人に干渉されたくないぜ的な心理を延々読み続けられたのが良かったかも。

 

【神様が殺してくれる/森博嗣

連続殺人事件の犯人を突き止めるっていうちゃんとしたミステリーだった。ミステリーほぼ読まんけど私にしては珍しく考えながら読んだかも。一人称視点で書かれるので、そこを突いたトリックかと思ったけど違いました。作者にやられたー、と思ったけどやられたと思ったときの方がなんか楽しいかもしれん。でも犯人考えながら小説の世界に浸るのは、脳のキャパ的な観点から私には難しいのでたぶんまたしばらくミステリーは読まない。

 

【水柿助教授シリーズ/森博嗣

森博嗣氏のシリーズで1番好きかもしれない。毒にも薬にもならないように見える文章をするする読むの、気持ち良すぎる。自身の日常を綴ったエッセイに見えるけど、エッセイと呼ぶには小説っぽすぎる。この人なんでこんな読みやすくてクスッと笑える文章を書けるんだろう。推敲に推敲を重ねているのかもしれないけれど、書くスピードがとんでもなくて15時間大学で働いた後の家での時間のほとんどを執筆に費やし、2ヶ月くらいで一冊(?)書けるようなのでとんでもないです。マジで何してんだ自分はってちょっと反省した後悲しくなるやつ。良いテンポで挟まれる言葉遊びが1番の推しポイントなので、言葉遊び界隈の方には自信を持っておすすめしたい。あとやっぱり奥さんが魅力的。森氏の快活な女性は奥さんを元にして書いてんじゃないかと思ってしまう。

 

【『響け!ユーフォニアム』シリーズ/武田綾乃

やっぱなんだかんだ青春モノ好きだなあ〜と思いながら一気に読んだやつ。アニメと違って小説の久美子の方が冷静というか、冷めた感じが強調されるのは気のせいだろうか。立華高校シリーズ、語り手が梓だから彼女の歪みに読者が気づきづらいって構成が個人的には結構好きだった。努力をすることが好きって人間、怖え〜けど目標に向けてひたすら行動し続けられるのは怠惰の権化の自分からしたら普通に羨ましい。周囲をあんまり見れてない感はあるけど、上手くいってるなら別にそれでもいいんじゃない、ということをどうしても思ってしまうし、一芸に秀でるからこそちょっと周囲から浮くキャラってやっぱり好きになってしまう。

 

ナラタージュ/島本理生

結局主人公ともう1人の主要キャラが好きあってたじゃん!お互い諦めて違う人と一緒にいるのに!ああでももうどうしようもない!な終わり方好きすぎだろ自分。あらゆる小説がこの終わり方したらどんな好きじゃない内容だったとしてもたぶん拍手喝采する。この終わり方する話を「ララランド式」とかで括って誰か教えてほしい。全部ネタバレしたけどそういう話でした。途中でレイプに遭って自ら命を絶つ女の子の話がなんで挟まってたかはよくわからない。悲しすぎる。

 

不機嫌な果実/林真理子

なんやかんやで林真理子氏の作品読むの初めてだった。やってることは不倫なので最悪だけど、時代柄もあってか何のイライラもなく読めて途中で笑えちゃうの本当に作家ってすごいなと思う。他人事だから笑えるのか。でもここまで「夫の職業は、容姿は」という他人からの評価とか、恋愛とかだけを考えて行動している主人公を見ていると、素直で良いなあと思ってしまう。自分の心の中を素直に語ってるように見えるからかなあ。もし「私の夫の年収は〜」的な話を人にしようとしたら、人に語る用の言葉になるしな。だからSNSの自慢風文章にイラついてしまうのか!(何の話だろ)

 

限りなく透明に近いブルー/村上龍

退廃的な生活、って一言で言われたときに持つイメージと、実際の描写に乖離がありすぎるのは私だけなのか?セックス!ドラッグ!みたいな描写が淡々と続くのに、妙にリアルなので胸焼けしてしまった。血液検査で血を抜かれるのがもうだめな私にとっては、注射で薬入れられるシーンなんか肉と血のブヨブヨした感じが無駄にリアルに迫ってきてしまい完全にダメだった。蛾をつぶして羽をもいで口に入れたときのざらっとした感じの描写とか。やったことないけど。本編で美しいと思うのが、タイトルの描写するときだけなんだけど、それ故に透明に近いブルーの空が輝く。

多分この作品が刊行された時代というのも重要で、描かれているような世の中の暗い部分がフィクションでないことがSNSの普及でわかってしまったから、今の時代に読むとこの小説のフィクションっぽさが強調されてしまうのかもしれない。刊行されてたときに読んでたら違う感想を抱いていたかも。

 

【暗夜行路/志賀直哉

主人公に降りかかることがあまりに重すぎて泣いちゃうやつ。でもなぜか悲壮感が少ないので、なんとなく読めてしまう。途中でいろんな女性にコロコロ気を移すのも成就しない故に憎らしくないし。でも主人公みたいなやつが知り合いにいたら絶対心配になるので、たぶん幸せを掴もうと頑張っている姿というのはなかなかにキツイもんがあるんだろうなあと思う。さすがに自分の留守中に奥さんが寝取られたのを、まさかの本人から聞かされるのは辛すぎるが。世の中言わん方があることが良いというのはマジ。その場では言って楽になったのかもしれんが…。襲ったいとこというのが1番悪いけど、自分にも罪悪感があったから楽になりたいあまり謝ってしまったのかもしれない。あとは結局最後まで踏んだり蹴ったりだった主人公が生きてるのかどうかがめちゃ気になる。あれで終わってしまうのはあんまりなので…幸せになってくれ〜。

 

【A2Z/山田詠美

山田詠美氏の本ってこんなキュートで聡明な感じで書いてるのか〜!と良い意味で裏切られた。語り口が女友達。女友達の愚痴と恋愛話聞いてるときの楽しみだけ持ってきてくれるやつだと思った。これもまたやってることが浮気なので最悪なんですけど、主人公の夫も同じことをしているの不思議と腹は立たない。あれ、よく考えたら他人の浮気に腹は立たないかもしれない。まあいいや。何って物凄く素直な気持ちを軽めの文体で描いてるにも関わらず、バカっぽくならない絶妙なバランスがすごい。タイトルはしっかり回収されるんだけど、なぜAからZを頭文字にした単語が強調されているかはわからなかった。なんでですか?

 

【タイニーストーリーズ/山田詠美

超短編で、全然タイプの違う話がたくさん入ってて楽しめる。電信柱が主人公の話とかあるし。「にゃんにゃじじい」が1番好き、女子とおばあちゃんのバトルって感じで。出てきた女子とお兄さんのデートがどうなったか気になりすぎ。

 

【少年たちの終わらない夏/鷺沢萠

20を迎える直前の感傷なんか自分が感じたことがあっただろうか。19歳の少年達が出てくる短編集なんだけど、仲間内で生きる上でどう見られるかを気にする息苦しさとか、守られた立場であることの心地よさとか、20過ぎちゃったら確かにあんまないかもなという風景がこれでもかってくらい詰められていた。自分の実感としては20を過ぎた頃というよりも、社会人になる過程で出てくる社会的な立場とか、逆に高校までのクラスというまとまりから解放されたことばかりが頭にあったので、仲間内でバカをやるみたいなものはピンとこなかったかも。どっちかと言えば中学生から高校生になるときの気持ちというのがしっくりきたかもしれない。女の子に対する目線とかかなりシビアでその無邪気さが怖〜〜〜となってしまったが。普通にブスとか言いまくってるの怖すぎだろ!確かにそういう人いるけどさ!

 

【錆びる心/桐野夏生

ゾワゾワする短編しかなくて全てが良過ぎた。夫の束縛から逃れて家政婦として雇われた家で、平和な日々を過ごすけど家の主が抱えてる思いが歪んでってのが1番好きだな。ところで短編の感想書こうとすると上手くいかないのなんでだろ。

 

夜想曲集/カズオイシグロ

「私を離さないで」があまりにも面白く、人に勧めたところ絶賛されたので、いざ!と思って読んだ短編集。やっぱり面白い。カズオイシグロって至って真面目に話を書いているのかと思いきや、ユーモア交えて書くのが上手いことに驚き。盗んだトロフィー返すためにホテル内走り回って、見つかりそうになったら料理の中に隠すのヤバすぎる。でも「才能」をテーマにしているのは軸がぶれない。しかもその切り口がいろいろで、「才能を傷つけないように才能を使わないようにしている」という話なんか絶対自分には思いつかない。「あのとき別の得意分野を活かす選んでいたら…」という後悔が幻想かもしれないと思わざるを得ない。

 

【泳ぐのに安全でも適切でもありません/江國香織

ラノベみたいなタイトルで好き。これも短編集。中年女性が若い男の子とサマーブランケットでくるまる話とか、甘酸っぱい感じだけど他が案外そうでもない。タイトルの話とかヒモ飼ってるし。でもどこかに爽やかさがあるのが読みやすい理由なのかな。

 

がんばっていきまっしょい/敷村良子

アニメ映画やるから読んだ。ユーフォみたいな熱血系を想像していたら、違う…!違いすぎる。もっといじけた感じで、何も頑張れなくてどうしようもなく無気力で、人とも関わろうとしない高校生の自分と重なる話だった。閉塞感がリアルすぎ。いや、主人公は自分で決めた道を通すし部活を頑張るから偉い。それは自分とは全然違う。クールな語り口で続いていくから見落としそうになるんだけど、試合に負けたときの悔しさとか、まさかの形での失恋とか、全部引っくるめてちゃんとやってるので偉い。自身の高校時代があまりにオシマイだったため、偉いという雑な感想になってしまった。

 

夜は短し歩けよ乙女/森見登美彦

京都の景色が懐かし過ぎて泣きそうなやつだ。第1章とか、飲んで先斗町の周りを歩く楽しさ心地よさ、全部詰まり過ぎてて吐きそうだった。京大文化祭っぽいのも出てくる(行ったことない)けど、京大独特の大学っぽさとか、百万遍まわりの感じを勝手に思い出してとにかく懐かしさばかり出てきた。文体がコミカルでしれっとファンタジー要素も出てくるのが、ノスタルジックさに拍車をかけているのか。鯉が夜空からおりてくるとか、京都であってほしい出来事じゃないですか?(そうか?)

 

【草原の輝き/山田尚子

山田尚子氏が初めて書いた小説だとか。ガーデニングを通して、主人公が年上の優等生に心を開き、その逆もまたあり…というハートフルなお話。しっかり世界観とキャラクターが作られているんだろうなあ、ということが伝わる。キャラそれぞれの絵が読んでるときに浮かぶ。展開でウワーっと苦しくなるところはちゃんと回収されるので、ものすごく優しい世界だなあと思いながら安心して読み進められる。映像にしたらきっとめちゃくちゃきれいなんだろうなあ、アニメ化されたのを見てみたい。

 

【なんて遠い海/谷村志穂

静かできれいな世界を描くなあと思った。ここまで書いて思ったけど、作家によって読んだときの味が違うの不思議すぎる。なぜなんだ。そしてこれもまた短編集。余命わずかな指揮者にインタビューしたのがきっかけで、定期的に電話する仲になって惹かれていく。それが原因で婚約者と別れるが、指揮者が亡くなったことで誤解(?)が解けて結婚する…という話が1番好き。こう書くとめちゃくちゃシンプルなんだが、電話の言い訳なんていくらでもできたのにしないとか、どうやって誤解が解けたかとか作者からの説明ならいくらでもできるんだけど、そのへんをあえてしないというのが全体の静けさを作っているのかなあなどと思ったり。

 

 

結局よくわからん感想を長々と書いた。定期的にメモっていくと良いのかもしれない。読んでる本の内容けっこう偏ってたな。

ガンダムの女!!!!!!!

もとい、某富野氏の女、ときどき妙に細かいところがリアルすぎて好きだ。

カミーユの前だけ声がやたらかわいいフォウとか。マジでそうなのよな!!!!!!好きな人の前でだけ態度の違うやつ。かわいくて好きだ。

あと自分はきちんとアニメ以外を追えてないので知らんのだが、普通に普通の(?????)男性を好きだった頃のハマーン様とか。反動のようにいわゆる女性らしさから距離を置くのめちゃくちゃ好きだ…。

 

一方でミライとセイラの二項対立的な存在がちょっと揉めるみたいなのは自分にはわからん。友達が少ないので…。イデオンでもカララとシェリルがそうだったと勝手に思っている(理想主義者と現実主義者と捉えたらあっちはもっとわかりやすかったのかな)。女どうしもっと仲良くやるだろ!と女性が少ない環境に身を置く者としてはツッコミたくなる。まあでも強い女たちだしいいか。