2024年の個人的ベストは川上未映子氏の『夏物語』でしたー。今月は島清恋愛文学賞を獲った作品を大量に読んでいた。ドロドロしすぎて、自身の人格の問題と謎にリンクして鬱になりそうだった。12月も12月とて,クソ長感想。2025年は読むジャンルを広げたい。
以下ネタバレが含まれます。
- 【浮世の画家/カズオ・イシグロ】
- 【わたしたちが孤児だったころ/カズオ・イシグロ】
- 【夏物語/川上未映子】
- 【ダブル・ファンタジー/村山由佳】
- 【海辺のカフカ/村上春樹】
- 【婚約のあとで/阿川佐和子】
- 【ふがいない僕は空を見た/窪美澄】
- 【よるのふくらみ/窪美澄】
- 【あられもない祈り/島本理生】
- 【憐憫/島本理生】
- 【あなたの愛人の名前は/島本理生】
- 【2020年の恋人たち/島本理生】
- 【ロゴスの市/乙川優三郎】
- 【蔦燃/髙樹のぶ子】
- 【ツルネ2・3/綾野ことこ】
【浮世の画家/カズオ・イシグロ】
1948年の日本が舞台で,戦争の士気高揚の絵を描いていた小野という老人が主人公。著者の序文を最初に読んでから本編に入ったのだけれど,プルーストの『失われた時を求めて』が参考になった,という話を意識して読むと確かに独特の描き方がされている。回想の中に回想を重ね,読者に語りかけてくるスタイル。時系列は直線的ではないが,「ああそういえばこんなこともあった」と彼の中では意味的に紐づいているエピソードが出てくるために,活き活きと語られてる。もしや?と思って読んでいたけれど,構造は『日の名残り』と似ていて,お爺さんが昔の自分は間違ってなかったと語り続ける回想なんですよね。ただ,執事の彼と受ける印象があまりに違いすぎる!執事は不器用な人だったのが憎めなくてけっこう好きだったんだけど,本作は第二次世界大戦の話が絡むだけに,ちょっとその正当化は見てられないかもと感じる部分が多かった。これは私が日本人で,日本視点の平和教育を受けているからこその可能性があるが。まあ結局それも彼にばかり責任があるとは言えないことがラストで判明し,語り手と第三者目線での世界の見え方の違いを見せつけられるのだが!
序盤は,彼はかなり影響力を持っていた画家さんで,かつて自分が信念を持ってやってきたことは日本を戦争に引きずりこんでしまったという意識があって,その罪の意識を回想しているのかなあなんて思っていた。自分のせいで娘の縁談がなくなるとかね。でも終盤で実は,著名な美術評論家からは認知されておらず,娘からも「あなたはただの画家で責任なんてないんだから,死ぬとか言わないでね」とか言われる始末…。おいおい!じゃあ今までのはなんだったんだ!となったんだけど,小野はそれを素直に受け止めないのがまた頑固だ。自分の人生で信念を持って仕事を成し遂げた,ということが誇りであり幸せなんだ,というメッセージは『日の名残り』でも繰り返されていたな。私も共感できるし,自分も年取ったらこんな感じになるのかなあ,ていうか今までやってきたことが間違いだったらきっとあらゆる正当化をするだろう…と勝手にいろいろ重ねて考えてしまった。だからこそどんなにこの人の主張におかしさを感じても,非難ばかりをすることができない。人間の愚かさと,彼らへの愛情の両方を本当によく感じさせられる。
あと,過去の過ちを直視せねば,と言いながらも,実際に反省場面になったときに全然反省っぽく見えないのも面白い。これが第三者視点で描かれていたらそうは思わず「うわあ,そんなに責任を感じていたのか…」くらいに思うかもしれないのだが,読者からしたらかつての自分は間違ってなかったと言いたい気持ちをわかってるからこそかな。それでも最後のページで,新しい時代の若者たちと,幸せを願っているのが小野らしさだなと思った。
【わたしたちが孤児だったころ/カズオ・イシグロ】
1930年頃の上海・イギリスが舞台で,両親に捨てられた探偵が親を探す話.あまりにも戦争の時代を描いているのだけれど,終始救いがない.誘拐されたと思っていた親は,父は恋人と駆け落ちし,母は裏社会の人間に飼われるように過ごしていて,しかも母がそのようになったのは子供の頃,なついていたおじさんだったということが判明するという.本作も自分を過大評価しているタイプの語り手かな?と思ったけれど,周囲の人の評判や,社交界での立場から,決して本人の思い込みではないということが判明してくる.なんとその名声も自分の母の犠牲の上に成り立っていたので本当に救いがない.『浮世の画家』のおじいさんが平和なくらいだ….
イシグロ作品にしてはかなり暗かったかな?と思う.戦争描写(間接的にではあるが)があるからだろうか.まだ母も父もいた頃の思い出がありながら,両親を失ってしまっているからかどれも暗い影がある.心の故郷というものが一切ないのは辛いことだということが堪える….唯一の友達と呼べそうなアキラも戦禍で失い,自分の伴侶になってくれそうだったサラも同じタイミングで離れていく.最後に養子のジェニファーが慕ってくれているシーンがあるのが唯一の光か.この人の本にしてはかなりさみしい内容だなと思った.人はいつか孤独になるものだと思うが,そのとき人は孤児となり,自分が安心できる世界を守ってくれる親を探すものなのかなあなどと思うなど.
【夏物語/川上未映子】
Twitterで「まんこつき労働力」というパワーワードをぶっ込んでる小説,と見てからどうしても気になっていて,読み始めたらいろんな女性の生きる痛みとか、女性として見られることに対する不快感が詰め込まれていて,夢中になって一気に読んだ。そして,これはきっと感想会やったら大議論になるだろうなあなんて思うと同時に、結婚やら出産やらにともなって女性だけが負わされがちな責任に対する違和感を、代弁してもらったようで嬉しく感じた。ラストはちょっとびっくりしたけど、「自分の身体は自分のためにある」ことを語ってくれていると信じている!川上氏の優しい語りで一見隠されてはいるけれど,女性であるということによって社会的に課せられる役割を批判する内容だった。女性の身体に向けられる性欲と,生命が誕生する過程を切り離したい,そんな主人公の気持ちを私は受け取った。ではその中で男性の在り方はどうなのか?ということは一度横に置いてはいるものの,女性という身体を持って生きることに絶望しないでと励まされているように感じた。生きていれば制度とか人との関係の中でめちゃくちゃ嫌な思いしてしまうこともあるけれど,できるだけ自分に素直に生きていたいなあー,と改めて思ったのだった。
内容は,母子家庭で育った主人公の夏子が,結婚相手もいないけど自分の子どもに会ってみたい,という理由で精子提供で妊娠をするか悩むという話。恐らく本編では一度しかはっきりと「男なんて」と出てこないのだけれど,夏子は男性が自分の人生に干渉することに対して明らかに良く思っていない。実際、夏子の親族でちゃんと出でくるのは亡くなった祖母と母,シングルマザーの巻子とその娘の緑子だけ。子育てをしている男性は,逢沢の父しか出てこないし、息子が語るだけなので本人は登場しない。夏子の「自分は子どもを産んでいいのか」という苦悩は,生むということに対する非常に真剣な問いかけを投げかけてくる。他の登場人物が語る大変さは子どもを養うことに対する金銭的な苦労であったり,家という制度に基づく揉め事だったりする。生きていくには食べないといけないし働かないといけないという、自身から切り離せない問題と地続きであるために、「生むことの善悪」というテーマが実感をともなって感じられる。
そして全編通じて,「男性も女性も本来は同じ人間なのに,身体性だけでどうして求められる役割が不平等なのか?」という訴えが投げかけられる。
全編読んでてうっすらと「命が生まれてくるのに性欲とか,夫婦とか家とか必要なくない?」ということが繰り返される。その上で、本来もっと考えるべきはずの「望んで生まれてきた人なんていないのに,なぜ生むの」という問いに対する答え方を,個人が持っておくべきなんじゃないのと感じた。この問いは小6の緑子と善が投げかけているが,産んだ側のエゴに対する疑問に見せかけた非難ではないか,と私は思う。こんな不幸なのに,なぜ産んだ側は責任をとってくれないの?という。巻子を責めた緑子はその後,和解もあったのか,男性と付き合うようにもなって明るく生きていくような描写がされる。一方大人になっても「生まれたことを肯定したら,1日だって生きていけない」と言う善。この対比がうまい。「自分と同じくらい幸せにできるか?」という産んだ側の「賭け」に対する責任の所在は,自分は必要とされてないと感じたら問うて当然だ。巻子に対しては序盤の豊胸手術のくだりで,この人は子どもを育てる側として大丈夫なのかと焦ったけど,緑子と2人おそらく仲良くしているところを見るに,親としてちゃんと子どもを守ったんだろうなと思うととても良かった。
「女の痛みは女しかわからないよ」と言う遊佐のセリフも、自分の苦しみを代弁してくれたようでとても良かった。例えば、生理をはじめとして、勝手に始まる体の変化も、それがまるで生殖のためにありますという教え方も、子どもを産める体になったことはありがたい(書いててかなりキモい表現だと思った)という強要じみた話だって正直気持ち悪かった。自分の体がないと自分は生きていけないのに、それは他の誰かのためにあるんですよと言われているようだった。胸が膨らみはじめたときに、恥ずかしくて必死に隠そうとしたことも思い出した。原因はひとつじゃないだろうけど、女性の身体を性的に見て良いという表現を、テレビとかゲームとかいたるところで刷り込まれていたのが大きいのだろうなと今は思う。もはやどう折り合いをつけたかは忘れてしまった。でも、もしその時期にからかわれたりとか、嫌がらせや犯罪にあったりしたらと思うと怖い。自分の身体からは逃れられないのに、精神はそこにあるという苦しさで生きていけないくらい辛くなっていたんじゃないかと思う。
ここで言う痛みは上のようなことだけを指すわけではないし、もちろん男性にだって男性にしかわからない痛みがあるんのだと思う。痛みをわかれよ!と言いたい気持ちは確実にあるんだけど、でもやっぱり性別が違えば本当に理解することは無理なんだと思う。共感できる痛みとそうでない痛みがあるという事実を、まずは忘れないでおきたい。そして誰しも、私にはわからない痛みを抱えているということも忘れたくないなと思った。
描写が的確すぎて衝撃を受けたシーンもある。「妊娠なんて精子と卵子がくっつくだけ,愛とか関係ないじゃん」ということを遊佐から聞いた後で,個人で精子提供を行っている恩田という男が「妊娠させたい」という支配性を持っていることを夏子が知るシーンがそうだ。精子という物体には変わりないかもしれないが,その裏には「妊娠させてやった」という欲求が存在し、いとも簡単に自分のエゴを人助けと言えてしまうのかと…。ここめちゃくちゃ怖いんだが、まあ人助けって一方的な側面もあるよな。汚い欲求によって行われた行為でも,1人の人間をこの世に作ることができるということには変わりないんだと改めて感じて,ぞっとした。そのような欲求の裏でできた子どもが育ったとき,もしその事実を知ったらどう感じるんだろうとか,本来は全く関係ないはずの性欲が,別の生命を侵害しているような気色悪さは拭えないなとか、いろいろ考えてしまう。そして恩田は絶対にそこまで考えていないし、悪いことだとも思っていなさそうだ。目の前の夏子を同じ人間だと思ってないんだろうなあ,と思わせる描写が見事。恩田はフィクションとの区別ついてなくてちょっとアホなのか(そもそもこの小説はフィクションである),ということすら思ってしまうのだけど,このエピソードもしっかり意味があると感じる。もし夏子が恩田から話を聞かず,誰のものかわからない精子で妊娠する話になっていたんだとしたら,そういった加害性も含めて肯定する可能性もあったので。まあ正直,その可能性に関しては読むまで想像ができていなかった!読んでやっと,なるほど確かに生理的に受け付けられないなと思った。いやしかし、恩田の欲求と、誰かが「子どもが欲しい!」と思うことは、エゴという視点で見たらいったいどれほどの違いがあるのだろう。ちょっと話を抽象的にしすぎだろうか。このあたりを読んだ感想がどのくらい人によって違うのかが、ちょっと気になる。
一方この流れで,結局は普通に逢沢とセックスして出産するのかなあ,もしそういう展開だったらちょっとないな,と思いながら読んでいたのだけれど,逢沢から精子提供をしてもらって,人工授精で妊娠・出産するというのが良かったな。子どもが父親に会いたかったら会いに行ける約束にする,でも逢沢とは結婚しないし夏子1人で育てる,ということが,これまで出てきた女性の立場全部を救うようだった。全員掬い上げるにはこれしかないラストだったかもしれない。
子どもを持たなかった仙川に対してはどうだろう。彼女は途中で亡くなってしまったけれど,2年後に彼女のことを夏子と遊佐が語るシーンがある。子どもがいなかったら,自分が死んだときみんな私のことを忘れてしまうんだろうか,自分が生きてきた意味は最初から消えてなくなってしまうんだろうか,私はそんな漠然とした恐怖みたいなものがあるのだけれど,ちゃんと覚えてくれている人がいるのかもしれないなと感じた。「人は二度死ぬ」なんて言うから,じゃあ覚えている人がいなくなっちゃったらおしまいだな,とも思ってしまうが,そこに対しては逢沢の父からの話があった。人の寿命なんてせいぜい100年程度のもので,その間に何代続くといっても地球はいつかなくなってしまうだろう。その間の人の営みなんてばかみたいに思うかもしれないけど,人間の歴史とかを載せたボイジャーが,誰かに人間たちの思い出を運んでくれるかもしれない,それって素敵じゃん,と。自分の生きた直接的な証にはならないし,ただの慰めでしかないかもしれないけど。あとは夏子の新しい男性編集者が,純粋に夏子の小説を良いと言ってくれたという点も地味に良かったポイント。自分の本なんか出ても出なくても一緒だ,と言っていたところから,ずいぶん変わったなと思った。
で,冒頭の「まんこつき労働力」ってなんだったのという話なんだけど,家庭に縛り付けられて父の言いなりになっていた母の話を、夏子の友人がしていたシーンだったらしい。母は横暴な父の振る舞いを我慢していたと思いきや,娘である自分より父を大切に思っていたという悲しみ。娘の怒りと,気付けば自分も同じような状況になっているというやるせなさ。これも読んでてけっこう苦しかった。結婚という制度によって、本来は赤の他人だったはずの家から生き方を縛り付けられるって、結婚するときそんな状況になるって普通考える?あったとしても、言わない可能性もある。ていうかこのへんから最早本編あまり関係ないんだが、結婚したら家どうしの付き合いをゴリゴリにやります!嫁はうちの家の人!という認識に擦り合わせていくの、女性が折れないと無理だと思うんですけど。それと、子どもの頃から「結婚したら元の家とは縁が切れます」みたいな言い方があるけど、私は子どものときから「なぜ?」と思ってるんですよね。そういう考えがあること自体は否定しないけれど,家族と過ごす時間が大事だった自分としては、その考え方を押し付けられたら絶対にその人と結婚はできない。私が子どもを欲しいと思わない理由もそのへんにあるかもしれない。子どもができてしまったら血を半分ずつ夫婦で分けるから、結婚相手の親や親族という本当によく知らない、もしくは知っていかないといけない人との繋がりから逃げられなくなる。逃げるなよって話なんだけど、本来他人であった人たちと、直接の交わりはないのに家族になるってよくわからない怖さがある。私は恋人のことだけが純粋に好きで一緒にいたいと思っただけなのに…という気持ちに近いかもしれない。それこそ上で書いた恩田並の身勝手さで自分でも最低だな、相手を好きならその家族も好きになるべきだとはわかるんだけど。いずれにせよ、自分の生活を相手の家族のために諦める事態がもしあったとしたら、じゃあ私の存在や私を育ててくれた家族ってなんだったんだろう、となってしまうことに間違いない。夫婦でお互いの認識を擦り合わせるまではよくても、家族含めて擦り合わせるのって本当に難しいと思う。単純に人数増えるしほぼ不可能だ。1人で生きていけるという社会が作られれば,コミュニケーションの中ですれ違いがあっても、どっちかが自分の人生を縛り付けられたと感じることは起きづらいのかな。なんか,読めば読むほど結婚ってなんだったっけとなった。
ここ数年で出版されたような,新しい本を読むようになって気づいたのは,社会の状況がよく盛り込まれているから共感しやすいということ。昔の本も,当時の状況をよく知っていたらもっと意味のある読み方ができるかもしれない。
【ダブル・ファンタジー/村山由佳】
これは,官能小説…?読んだことないのでわからんが。いやもうテーマも何もないよなたぶん。でもめっちゃ面白かった。めちゃくちゃ性欲強い女性脚本家が,憧れのパイセン(だいぶ年配)に恋してしまい,寝たはいいがあっさり振られ,浮気に浮気を重ねまくる話。やべえわね!花火大会で新しい男とはぐれて,脱げて河川敷に転がった下駄を拾うため,両足とも裸足で下っていくラストシーンが地獄への入り口みたいで良い。自分の責任は全部自分でとってみせる,という生命力の強さと,恋愛感情を最初の相手で遠くに捨て去っているというのが官能小説っぽさか。恋愛感情とか性欲でしょ,という山田詠美さんの本で出てきた発言を思い出した。恋愛感情を遠くに捨て去っているけど性欲に忠実な話,人間が生き物であることをまざまざ見せつけてきてとても良い…。
【海辺のカフカ/村上春樹】
中学生のときに読んで、当時はファンタジーの延長として読んでた。こんなに自由な文体で書いていいんだ、という衝撃を受けてどんどん読み進めた記憶がある。ところどころ出てくるマスターベーションとかいう用語を辞書で引いたり、性交渉の描写の意味も全くわからなかったかったのでたまに苦労したりしながら。暗喩を交えながら出てくる人生観も、なんか大人ってすごいこと考えてるんだなとちょっとワクワクすることもあったと思う。特に最後の田村カフカが、学校に戻ると決意したシーンなんかは、自分にはできないと思った記憶がある。
中学生のときには完全に田村カフカに感情移入しながら読んでいた。年齢が近いのもあったし、学校が嫌いで「世界一タフにならなきゃいけない」ことを自身に課し、ひたすら1人で体を鍛えたり勉強したり、本を読んだりしているのがなんというか、学校嫌いだった自分のロールモデルみたいになっていた。
大人になった今読むと、当時と全く違う。本当に違う。まず田村カフカの人となりはそれなりに無味乾燥に書かれていて、正直「こんな中学生いない」という印象を受ける。大人が感情移入することは少ないし、感情移入しづらく描かれているんだと思う。自意識過剰な中学生がロールモデルにしようとするんだからそれはそうだ。
一方で、集団失神事件から読み書きすらできなくなってしまったナカタさんパートは、生い立ちも含めて生活に根ざした描写が多い。生活保護で暮らしていて、猫と喋れることを使って猫探しでお金もらってるとか。
ジョニー・ウォーカーを殺してから高知に向かうときに出会うホシノさんが今回読んだ中では1番好きだったかも。20代後半くらいのトラックドライバーの男性なんだけど、人となり自体は地元の不良が1人で自立したような感じ。ホシノさん、よくわからんおじいさん(ナカタさん)を拾って、自分の仕事を放棄してまで彼に付き合うって過程で、今まで自分の考えてなかったようなことをしていって、緩やかに自分を変えていくシーンがめっちゃ好きなんだよな。同年代の人に刺さりそうなキャラクターだ。
主にカフカとナカタさんパートで、入り口(死界のメタファー?)と繋がってしまった世界を閉めるまでの物語が進む。
そこらじゅうに物事の見方に対する意見が散りばめられていて、細部を楽しみながら物語全体を捉えようとすると「結局どういうことだったんだ?」となって迷子になる印象が村上春樹作品には多いけど、この本もそんな感じ。たぶん正解とかなくていいんだと思うし,その分感じることは人それぞれだと思うので肩の力を抜いて読める良い話。
【婚約のあとで/阿川佐和子】
出てくるどの女性も現実の何かしらに不満とか不安は持ってるし,時には性格難ありなのか?と思わずにいられないシーンもあるのだけれど,なんかみんな好きになってしまう。この本めっちゃ良かったな。父親と昔から仲良いおじさんと不倫して子どもまで産む展開があるのとか,取引先の女性社長と浮気したのがバレてて「あの子にはキツく言っとくから安心してね!」と,しれっと書いてる手紙を花嫁に結婚式でよこすとか,まあ現実だったら笑い飛ばすのも厳しい話がいろいろあるんだけど,全部が明るく書かれていたのでだいぶ前向きな気持ちになった。人間だからまあいろいろなごたごたが起こるわけだけど,相手を許そうとか,間違いがあっても仕方ない,生きるのを恐れるなみたいな感じか。なんでも背負いすぎるなってことかなー。妙に極端で原理主義みたいな思想だねと言われることがあるので,誰かに対しても寛容でありたい。多分その方が楽だし苦しくない。そんなことを思ったのであった。しかし阿川さんの文体の読みやすさよ。さすがベストセラー作家や。
【ふがいない僕は空を見た/窪美澄】
家庭環境が歪な人々の連作で、読むのがしんどいけど止められなかった!コスプレ主婦と男子高校生の不倫、団地住まいで1人で認知症の祖母を支える男子高校生と、バイト先のゲイかつ小児性愛者との関係性など…。ひとつひとつの短編で起こる出来事が、昼のワイドショーで取り上げられては面白がられるような類のものばかりなのだが、そのやっかいさと閉塞感がリアルすぎて息が詰まりそうになる。
個人的にしんどかったのが2編目。オタクの主婦による、ですます調の語りが、人との距離感をうまく測れず、自分の周りの物事にすら鈍感な感じを助長している。好きでもないストーカー男と結婚し、姑から子どもを産めと脅迫され、それでも尚自分のことと認識できてないかのような客観的な語り口が逆に生々しい。高校生との不倫(というか売春)がDV夫にバレ、行為中の動画をばら撒くと言う夫にも、「あの高校生の人生のいろんな場面で今回のことが尾を引くかもなあ」という他人事感…。
なんか全編救いがないというか、劇的に背負ったものが変わるとか、あるいはめちゃくちゃ悪くなるとも言えないほの暗さがあまりに自分の生活に近くて。唯一安定した雰囲気の漢方の先生は,背負ったものはいつか解決すると,励ましてくれるのが救いか。逆にこれだけどうしようもない世界を描いているからこそ,自分の間違いとか後悔とかも全部持ったまま生きていてもいいかなと思わせてくれた。
【よるのふくらみ/窪美澄】
地元の息苦しさや,血の繋がりの煩わしさと温かみ,みたいなものを感じた.窪さんの性描写が生々しくて息が詰まりそうになる.
いろんな人の視点から描かれるのだけど,なんというか兄がかわいそうだなという感想がすごい。計画的に真面目に生きてきて,愛想と要領の良い弟に勝手にコンプレックスを抱いて,婚約者をとられて。まあでもこの弟さんモテそうだしな〜と他人事な感想である。なんというか,婚約者とられても兄弟は兄弟なんだよね。血の繋がりってやっぱり強烈で,一緒に暮らしてたら否応なく比べてしまうし,あっさり縁を切ることもできない。お互いなんとなく好きじゃないという感情まであるんだなあ…。
様々な作家さんが描いているけど,夫婦間でレスってめちゃくちゃ重要問題なんだなというのを感じる。恋愛は性欲であると言い切る人もいるが,それを信じるなら恋愛感情もない相手と一生を過ごすことになるのだから当然なのかも。女性側が相手を求めてるのに,男性は家族みたいな存在と言って相手を遠ざけるっていうのが,付き合ってるときと逆っぽい構造なのはなんでなんだろう。これめっちゃ不思議だ。そんでだいたい女性側から離れていく。そんなことを人って繰り返すのかなと思うと,結婚という制度はめちゃくちゃ欠陥なんじゃないか?と思わざるを得ないな。こういう作品って昔から多いのかなあ。
【あられもない祈り/島本理生】
これは読んでてひたすら苦しかった.他の作品に見られるときめきとか,そういうのが一切なくて,恋愛ってなんだろね…?とひたすらなる.でもめちゃくちゃ引き込まれるんだな~.特に「私」のところにきた「あなた」からの電話をとってしまい,私を刺そうとしたのを,洗ったはずの包丁がシンクに置いてあるのを見て悟ってしまうとか.夕飯を仲良く旅館で食べてたのに,浮気したから「あそこにしようか」と言って翌日心中しようとするシーンの鮮明さとか.ひとつひとつの描写が鮮明で,「私」と「あなた」の輪郭だけがあやふや,という西さんの解説がとても的確だった.正直難解だったので,かなり解説に頼ったんだけど「恋をする個々ではなく,恋そのものを描いている」というのがしっくりきたかもしれない.
【憐憫/島本理生】
売れっ子ともそうでないとも言えない,アラサーの女優さんの話。最後は大女優になっててちょっと意外な展開だなという気がした。
声かけてきた綺麗な男性としばらく仲良くするみたいなのが話の大筋なんだけど,最後に自分より圧倒的に年上だったことを知るって展開が異様すぎて。彼が寝てる顔を見て,なんか違和感あるなってシーンが怖かったわ。散々自分の仕事とかいろんなことを語りながら,年齢を詐称していたことの怖さ。年齢って仲良い人とは暗黙の了解みたいな感じになりがちだと思うんだけど,勝手に同年代だと思ってた人がめちゃくちゃ上だったらなんか怖いよな。
【あなたの愛人の名前は/島本理生】
「恋人」だと思ったら「愛人」だった…。各短編にゆるい繋がりがあるタイプの作品。どれも明るい感じの話ではないけど,うまくほの暗い気持ちを描くなあ,と思う。ドロドロの内容でも,最後はあったかい感じの短編で終わったのが良かった。私は瞳の婚約破棄後の生活後を見たかったけど,瞳の話が終わってからは浮気相手の妹に語り手が移ったのが意外だった。浮気相手は軽薄な感じの男だったけども,両親が離婚している家庭だったのね。で,母の性格に難ありだったのか,父親が愛人作って離婚か…(書いててしんどい)。最後まで父は愛人の名前を言わなかったことがタイトルの由来みたいだけど,相手の名前を言ってしまうと現実味が出てきてしまうから,というのを読んでなるほどなあ〜と思った。実際,友人の恋人に会って,この人ってこんな人と付き合ってるんだな,とか実感が湧くこともある。同じように,他人を通して見た自分というのが,案外自分を形作っているものなのかもしれない。瞳のように,恋人と全く違うタイプの男性に触れて,他人から言われるものの違和感のあった「家庭的な人」という像から抜け出すこともある。いずれにしても,人から見た自分というのが,けっこう自分の性格を作ってるんだなということを思いながら読んだ。
【2020年の恋人たち/島本理生】
ラストで主人公が1人で立ち上がって生きようとするのが,やっぱり好き.『よだかの片想い』に通ずるものがあるかな?
可愛くしていれば大事にされるかもしれない。
(中略)自分を守るために,守られるためのものが必要だったのだ。ありったけ。
引っ越しのために物を片付けるシーンで,20代の頃に男性に褒められた服とかを捨てまくってるときの言葉.これはめちゃくちゃわかる.でもこの言葉の裏返しが怖いってわかってるからこそ,辞められないみたいなところがある.可愛くしてないと脅威から自分を守れないんじゃないか,と怖いので.節々で,女性が女性である状態で生きることのめんどくささをうまく掬い上げて,批判するでもなく,ただ優しくするのではなく,寄り添ってくれるのがこの人の好きなところなんだよなー。
たくさんの依存交じりの関係から抜け出したと思っていたのに,また新しい束縛や依存に戻ろうとしていた.
そういう幸せだってあるのかもしれないけど,せっかくならもう少し,自由になってみたいのだ.
読んでてけっこうドキドキしてしまうシーンである.でも自由と自己責任の具現化みたいな芹とう女性も,フェレットを飼っていることを話すシーンが出てくる.結局依存というか,自分の分身みたいなものをみんな探しているのかもな,ということまで描かれているのが,決して(ある種の)束縛や依存を否定しきっているわけではなく,だからこそこの一文が一層説得力を増している気がした.
人との関係を進めたら戻れないというのも,そうだなあ.完全になかったことにはできない.だから既婚者との関係を進めるのを諦める.葵,偉い!(偉いのか?)興味を持った人に対して,踏み込まないである程度でとどめておく,というのはたまに難しいと思うんだけど,それを「進んだら戻れない」の一言で止まれるの,けっこうすごいな.でも進むってなんだろう.なぜ戻れないんだろうということを自分の感覚としていまいち理解してない私であった.
あと!この物語は亡き母の残したワインバーがメインに話が進むけど,やはり食事の描写がものすごく美味しそうなところが良いなと思った.『私たちは銀色の...』のときもそうだったけど,食事描写が丁寧な作品は,彼女の作品の中でも明るい感じで読みやすい.あと海外旅行描写が良い話もそうかも.
伊藤伊のシェフとスペイン行ったときの話もけっこう好き。海伊さんが重いというか束縛しそうなタイプなのを見抜いたの慧眼だな。「君がいれば幸せだ」って少し苦しいな,というのが印象的。その気持ちはなんかわかる。自由を何より求める人間はきっとそう思う気がする。一方で専業主婦のおばさんも印象的で,家庭があることを大切に思う人もいるというのが,なんかまあ当たり前なんだけどそうだよね,と腑に落ちる感じ。おばさんと妹的なポジションの3人が作る女子会の雰囲気がめっちゃ好きだったな。女だけ集まっておばあちゃんちで過ごす正月を思い出した(なんの感想だ)。
一緒に働くことになる年下の男子と,本当にただルームシェアをするだけの関係になるとことかけっこう好き。現実にはなかなかないのかもしれんが,仕事を対等にできる大事な相手がいるって貴重だよなあ。男女関係なく,そうなれる世界を切に求める!(?),と思いつつ,異性に対する一定の遠慮があるからこそ成り立つ可能性もあるなとも思う。この本はある意味お仕事小説ともとれるのだが,与えられた環境で1人で頑張る,でも完全に1人じゃないってことを自覚するシーンも含めて,大人が成長していくのを見せられる気持ちの良い作品だと思った。やっぱ島本さん好きだ。
【ロゴスの市/乙川優三郎】
同時通訳と翻訳家の男女のすれ違い恋愛。めちゃくちゃ良かったんだが。最近生々しい作品を多めに読んでいたので,久々に純度の高い恋愛小説を読んだ気がする。翻訳家の男性視点で話が綴られるんだけど,同時通訳の悠子がものすごいせっかちというか型破りな女性で,1人で急にアメリカに行ったと思ったら,黙って戻ってきてはまた海外に行ってしまい,挙句母の再婚相手の息子と結婚してしまうという…。で,男性方が彼女を見守ると諦めたところで彼女が離婚し,もうめちゃくちゃやお前!!!となった後,なんやかんやで事故で彼女が亡くなるまでの数年間は再び心を通わせるという話。
実はずっと心が通い合ってました,今更どうしようもないけどね!という話がけっこう好きで,これもそのパターンかもしれない。この作品,直接的な性描写がなくて逆にびっくりしたんだけど,悠子が本格的に海外と日本を行き来するような生活が始まる前に,2人で一緒にお寿司食べるシーンがあるんだけど,そこの匂わせシーンで妊娠してたんかい!というのが終盤で発覚する。おい!
悠子が自分の生い立ちに,かなり長い間縛られることになってしまったことが痛ましい。結婚も自分が望んだわけではなかった…というのも,純愛っぽい所以か。女性ってそんなに何十年も同じ相手のことを想ってるもんかねー,それはなくないか,となるところを,お互いの生業で結びつけている点が素敵だった。仕事に情熱を注げば注ぐほど,それを理解し議論できる相手が貴重になってくるというか。下手な恋愛関係より重要になってくる場面もあると思う。お互いが英語と日本語という言語によって理解を得ていて,文学作品への理解を語り合うシーンとか,なかなかに棘のある言葉を放つシーンも良い。彼らが仕事人間であること,言葉については忌憚なき意見をし合うのを紡いでいることが,ラストの説得力を増してる。
伝えようと必死に言葉を紡いでも,口に出すと消えていく言葉を伝え続ける同時通訳の切なさや,英語で書かれた物語を日本人にも伝わる言葉として必死に紡いでも,高い評価を得ようとも大抵は原作者に還ってしまう宿命。誰かに何かを伝えるということがいかに難しいか。言葉同士を繋ぐことを仕事にしているにも関わらず,修復不可能なすれ違いが起こってしまうのも皮肉な話だ。
1人の人間が一生で成し遂げることができる仕事の限界や,同志との結びつきが描かれているのもお仕事小説としてアツいよ。良い仕事したいっすね〜(こたつで寝ながら言ってる)。
【蔦燃/髙樹のぶ子】
初代島清恋愛文学賞の受賞作なので,ちょっと昔の作品かも.解説で渡辺淳一が,女性作家の性愛小説の走りというように評価しており,今でこそ性描写が詳しい文芸小説は超絶珍しいものでもないが,当時としてはもしかしたら衝撃的だったのかもしれない.渡辺淳一作品は『失楽園』しか読んだことないけど,そこでの描写がロマンティックな雰囲気もあったのに比べれば,『蔦燃』は目を背けたくなるようなグロテスクさが含まれるように感じた.暴力的な描写や痛い場面があるわけではないんだが,女性が身体構造的に受け入れる側であることとか,妊娠する性であることから,性欲に伴う避けられない生々しさ・痛々しさがものすごくよく描かれていたと思う.
主人公が義父の隠し子とズブズブの関係になっていくんだけど,隠し子の方が自分の母を下の名前で呼ぶという異常な関係性とか,義理の兄嫁を支配したいという暴力性が,人間が寂しさを感じたときに出す異常性みたいなものを感じてすげえ怖かったわね.実の母から恋人の役割を担わされるとか,その母と自分だけの墓を自分で先に買ってしまうとか,そもそも起こっていることは恐ろしいというのはありますが….
過去に恋人を刺してたとか,義理の兄嫁と無理やり性交渉をするとか,自分の境遇に絶望している状態で兄嫁から愛されて,最終的にはお互いに恋して人間に戻っていく過程にほっとしてしまった(やってることはひどいことが).こういうの読むと昼ドラだ!となりがちなんだけれども,そこで起こった出来事よりも,主人公の生々しく蠢く感情の描き方が秀逸でした.
【ツルネ2・3/綾野ことこ】
ツルネ続編.桐先ではない新たなライバル校の出現と,新入部員入部がメイン.そして私はまだ2期を見ていないので早く見なければならない.
自分が弓道全く詳しくないので,文章を読んでいても弓を引く瞬間がなんとなくでしか想像できないのだが,個性あるライバル校生徒の弓の引き方がどうアニメで描写されているのか楽しみだなあ.なんといっても愁をライバル視するお人形風高飛車新入部員がどんなキャラデザなのかけっこう気になる.